今も続くウクライナとロシアとの戦いを頭の中でなんども重ねた。
映像で残骸を何回も見ることがあった。
兵士同志だけでなく、民間人を巻き込んだ殺戮状態。
読みながら頭から離れない映像。
戦争においては当たり前の光景なのだろうが慣れることができない。
ウクライナ人とロシア人は先の大戦では、ナチスドイツに対してともに戦った同志だ。
この物語のなかに気になる表現を見つけた。
これが事実だったとしたら!?
根は深いものとなる。
78P
思わずオリガの顔色をうかがった。
いつもの愛想のいい笑みを浮かべて、彼女は話した。
「ウクライナがソヴィエト・ロシアにどんな扱いをされてきたか、知ってる?なんども飢饉に襲われたけれど、食糧を奪われ続け、何百万人も死んだ。たった20年前の話よ。その結果ウクライナ民族主義が台頭すれば、今度はウクライナ語をロシア語に編入しようとする。ソ連にとってのウクライナってなに?略奪すべき農地よ」
上手い表現だ。
実際に射撃を実践してみないと分からない感覚のように思える。
134P
アヤがセラフィマと目を合わせた。漆黒の瞳に吸い込まれそうな気配がした。
「お前も猟師だったなら覚えがないか。射撃の瞬間の境地。自分の内面は限りなく無に近づき、果てしない真空の中に自分だけがいるような気持ち。そして獲物を仕留めた瞬間の気持ち。そこから、いつもの自分に帰ってくる感覚」
セラフィマは息をのんだ。自分だけが知るものと思っていた、言いようのない感覚を、他人に言語化されたことに衝撃を覚えた。
大切なのは、命だ。
修羅場を乗り越えた人でしかないとわからないもの。
犠牲を払ってやっと気づいた。
間違った行為は、歴史から切に学ばないといけない。
477P
セラフィマが戦争から学び取ったことは、800メートル向こうの敵を撃つ技術でも、戦場であらわになる究極の真理でも、拷問の耐え方でも、敵との駆け引きでもない。
命の意味だった。
失った命は元に戻ることはなく、代わりになる命もまた存在しない。
学んだことがあるならば、ただこの率直な事実、それだけを学んだ。
もしそれ以外を得たと言いたがる者がいるならば、その者を信頼できないとも思えた。
アヤと、オリガと、ユリアンやボクダン、マクシム隊長と出会い、死によって別れた。
そして自らが百人の敵の命を奪った。
それを語ることができるのならば、彼女に会いたいと思った。
第二次世界大戦時の独ソ戦の戦いの記録。
読み手には、手に汗握る緊張感や臨場感を容赦なく伝えてきた。
生死の狭間にすっと引き込んできてくれた。
当時のソ連に実在した女性狙撃手を題材とした史実を絡めた重厚で凄みのある物語だった。
<目次>
プロローグ
第一章 イワノフスカヤ村
第二章 魔女の巣
第三章 ウラヌス作戦
第四章 ヴォルガの向こうに我らの土地なし
第五章 決戦に向かう日々
第六章 要塞都市ケーニヒスベルグ
エピローグ
主要参考文献
謝辞
推薦のことば
第11回アガサ・クリスティー賞謝辞
1985年生まれ。明治学院大学国際学部国際学科卒、『同志少女よ、敵を撃て』で、第11回アガサ・クリスティー賞を受賞してデビュー。埼玉県在住。
