孤独はさみしいではない。
楽しいことを考えるとか、実際にそれをやればよいのでは。
例えば、なにか取り組める機会が持てるのでは。
自分独りでできることを見つければ。
自分を見つめなおすことができるのでは。
将来のことを考えるよい機会になるのでは。
孤独は、自分を成長させてくれる貴重な時間なのです。
幸せになりたいので、利他の心が必要。
200-201P
幸せとは、お金持ちになることでも、地位や名誉を得ることでもなく、「質の高い人間関係の構築」である。
自分自身が質の高い人間になること。そして人から与えられるのを待つのではなく、まず自分から与えようと心がけること。仏教における慈悲心の教えに通じています。
自分自身が他者に対する思いやりの心を育むことができるかどうかが幸福への道なのです。
同じことが起こっても、これで良かったと思えるか、最悪だ、悪かったと感じるかは、その人の心の持ちようだと思います。その考え方の方向によって、身体に影響を与えるかどうかです。
39P どんな問題も誰かのせいではなく、自分の心の問題
自分が幸せに生きていけるのは、みなさんのお蔭です。
今置かれている立場を見てみると、両親や祖父母、先祖たちの善い行いによって、自分にいま返ってきているものだと思います。
60-61P
仏教に「自業自得」という言葉があります。「業」とは人間の行いのこと。「業」には、身業(体で行うこと)、口業(言葉で行うこと)、意業(心の中で思うこと)の3つがあり、お釈迦様は「自ら行った善悪の行為によって、本人自身がその報いを受ける」と説いておられます。善きことも悪しきことも自分次第だという教えです。
さらに「三時の業」といって、結果を受ける時期を3つに分けて捉えています。
順現報受(現世で報いを受ける業)、順次生受(来世で報いを受ける業)、順後次受(次の次の世で報いを受ける業)
つまり、自分の行いは自分に返ってくるだけではないということ。お寺に生まれた私は代々のお檀家さんとのおつきあいを通じて、その人の行いは来世以降に「家系」にも返るという例を目の当たりにしてきました。
85P 執着を手放した人から幸せになれるのです。
つき合ってはいけない人にならないように、
是非ともつき合うべき人になれるように、
日々精進していきたい。
139-140P
つき合ってはいけない人
1 自分の得ばかりを考えている利己主義な人
2 口では立派なことを言うが、行動の伴わない人
3 耳障りの良いことは言うが、その実、誠意に欠けた人
4 酒やギャンブルに溺れるなど、悪影響を及ぼす人
是非ともつき合うべき人
1 落ち込んでいるときに励ましてくれる人
2 どんなときも変わらず共にいてくれる人
3 忌憚のないアドバイスをして正しい方向へと導いてくれる人
4 心から心配してくれる人
<目次>
はじめに さみしいとおう「孤独感」とうまくつきあうには?
第1章 なぜさみしいの?
第2章 老いのさみしさとうまくやる
第3章 おひとり様のさみしさとうまくやる
第4章 集団の中でのさみしさを感じたとき
第5章 友達がいないさみしさについて
第6章 家族の中でのさみしさについて
第7章 愛する人との死別のさみしさを乗りこえるには
おわりに ほんとうの幸せとは何か?
慈光グループ会長。駒澤大学、曹洞宗大本山総持寺を経て、愛知学院大学大学院文学修士号を取得。僧名「大愚」は、大バカ者=何にもとらわれない自由な境地に達した者の意。佛心宗大叢山福厳寺住職。僧侶、事業家、作家・講演家、セラピスト、空手家と5つの顔を持ち、「僧にあらず俗にあらず」を体現する異色の僧侶。愛知県小牧市に540年の歴史を誇る禅寺、福厳寺の弟子として育つ。3歳で経を習い5歳で葬儀デビュー、10歳で僧籍を取得するも、「お寺の子」と噂される重圧に反発して寺を飛び出す。32歳で起業。慈悲心を具現化したいと、複数の事業を立ち上げて軌道に乗せる。40歳を目前に寺に戻ることを決意。事業を後進に引き継ぎ、インドから日本に到るまでの仏教伝道ルートをはじめとする世界23カ国を旅し、自身の僧侶としてのあり方や寺院のあり方を問い直す。平成27年に福厳寺31代住職に就任。福厳寺興隆と寺町づくりに尽力する傍ら、佛心僧学院、講演、執筆、Webサイトなどを通じ、仏教に学ぶ「生き方」を、独自の切り口でわかりやすく人々に伝えている。YouTube人生相談「大愚和尚の一問一答」はチャンネル登録者数33万人を超える。
【No.792】ひとりの「さみしさ」とうまくやる本 孤独をたのしむ。大愚元勝 興陽館(2021/05)
