愛は技術であった。
系統だって考えたことがなく一読しても理解することができず含蓄が深い内容であった。
恋に落ちるのは初期段階に訪れる人の感情として、愛はその後にも継続する気持ちとして、愛するには成熟した人間でなければならない。
愛の一部についてしか、理解していなかったためであった。
15-16P 愛は技術である。学ぶためには三段階を経なければならない。
まずは愛の理論に精通すること。修練に励むこと。そして技術を習得することだ。
41P 愛は能動的な活動であり、受動的な感情ではない。
愛は何よりも与えることであり、もらうことではない。
44P 自分のなかに息づいているものを与える。自分の喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど自分のなかに息づいているものすべてを与えるのだ。
67P 成熟した愛は「愛するから愛される」、「あなたを愛しているから、あなたが必要だ」と言う。
76P 愛する対象によって、友愛(人類全体に対する愛)、母性愛(無力な者への愛)、恋愛(対等の者同士の愛、排他的な愛)、自己愛(自分を愛することと他人を愛することは不可分)、神への愛(宗教的な愛、孤立を克服して一体感、合一を達成したいという欲求を満たす)などの種類がある。
128P 愛が比較的まれにしか見られず、さまざまな偽りの愛にとって代わられている。偽りの愛は、愛の崩壊に表れだ。
133P 現代人にとって、幸福とは楽しいということだ。商品、映像、料理、酒、タバコ、人間、講演、本、映画などなんでも手に入り消費できることだ。
142P たがいの性的満足としての愛と、チームワークとしての愛(孤独からの避難所としての愛)は、現代西洋社会における崩壊した愛、現代社会の特徴である病んだ愛の正常な姿だ。神経症的な苦しみをもたらす。
149P 偽りの愛の一種に偶像崇拝的な愛がある。愛する人を至高善として、すべての愛と光と幸福を持った者として偶像化しがち。
154P 二人の人間が自分たちの存在の中心と中心で意志を通じ合うとき、はじめて愛が生まれる。自分自身と一体化することで相手と一体化するということだ。ふたりの結びつきの深さ、それぞれの生命力と強さが実ったところにだけ愛が生まれる。
161P 愛の技術の前提条件として、愛の技術へのアプローチ方法と習練方法を述べるのみ。規律、集中、忍耐、技術の習得などの条件が必要だ。
167P ひとりでいられる能力が愛する能力の前提条件だ。
169P 悪い仲間を避ける、相手の話を聞く、変化に気付く、理性や客観力をつける、自分を信じる、信念、能動性、
184P 自分の愛は信頼に値する者であり、他人のなかに愛を生むことができる、と信じることだ。
197P 私が証明しようとしたのは、愛こそがいかに生きるべきかという問いにたいする唯一の健全で満足のいく答えであるということだ。
これは、単なる恋愛マニュアルだとか恋愛の指南書ではなかった。
深い含蓄の言葉から自分の未熟さに気づかせられた時間だった。
また読み返して自分の糧にしたい。
<目次>
はじめに
第1章 愛は技術か
第2章 愛の理論(愛、それは人間の実存の問題にたいする答え、親子の愛、愛の対象)
第3章 愛と現代西洋社会におけるその崩壊
第4章 愛の習練
原注
訳者あとがき
エーリッヒ・フロム [Fromm,Erich]
1900年、ドイツ・フランクフルトに生まれる。ハイデルベルク、フランクフルト、ミュンヘンなどの大学で学んだのち、ベルリンで精神分析学を学ぶ。フランクフルト社会研究所を経て、1933年アメリカに渡り、のちに帰化。イェール、ミシガン州立、ニューヨークなどの大学で教鞭をとり、さらにメキシコに移住。1980年没。フロイト理論にマルクスやヴェーバーを接合して精神分析に社会的視点をもたらし、いわゆる「新フロイト派」の代表的存在とされた。また、真に人間的な生活とは何か、それを可能にする社会的条件とは何かを終生にわたって追求したヒューマニストとしても有名である。しだいに、禅や東洋宗教へも関心を深めた。著書多数.。
鈴木晶
1952年、東京に生まれる。東京大学文学部ロシア文学科卒業、同大学院人文科学研究科博士課程満期修了。法政大学名誉教授。専攻は文学批評、精神分析学、舞踊学。著書・訳書多数
