橋本 治さんの遺作。
赤の他人には、人の不幸を聞いて楽しむような傾向があるようだ。
例えば、高いところから低いところに凋落していく姿を見ながらほそく笑むように。
でもそうではなく、ぼくは他山の石として生きていきたいと。
貫一の人生は、波乱万丈。
まるで観覧車のようだった。
彼の両親が亡くなったあと、貫一の父の親友の隆三が引き取ることとなった。
その家のひとり娘が皆麗しい美也。
いつしか隆三の家業を継ぐことで彼女の許婚者となった。
しかし、美也は、「大人になりたかった」
IT業界社長の富山唯継と結婚してしまったが……。
貫一は、その日暮らしのネットカフェから、老夫婦が営む町工場で働き、居酒屋チェーンの仕事を転々としながらも、ついには起業して「わらじメンチカツ」を出す飲食店のイケメン社長となる。
362P
「富山が言ったけれど、あんたは金で買われた女でしょ!三十以上も年上のジーさんに買われて、旦那が役立たずになったら養老院に入れて、毎晩男を換えて遊び歩いてるんでしょ!」
赤樫満枝―自分の父親の借金を帳消しにすることを約束にして、高利の闇金融の赤樫権三郎と結婚した女。
自分が歩いてきた道の上では決して会えない女性だ。
貫一と美也との間を人でつないでいた、この満枝の存在感がどす黒く赤く鮮やかに彩られたすばらしい小説に変えていた。
貫一は、最後に黄金夜界を目にしながら落ちていった。
実体験でないと分からない景色だと思うくらいに綺麗な表現だった。
370P
大都会の夜を輝かせる高層ビルの窓の光りが、流れる滝のように落ちて行く。落ちて行くのは貫一だが、貫一の目には夜の明かりが滝のように見えた。溶けていくように落ちて行く光の窓は、溶けて行く無数の黄金の延板のようにも見えた。
(中略)
自分を癒してくれるものがなにもない世界で、生きて行きたくなかったのだと、やっと気づいた―というよりも、そう思うことを自分に許した。そうしたら自然に、「さよなら」という言葉と涙が生まれた。癒してくれるもののないことを宥す涙が。
<目次>
摩天楼
許婚者
富山唯継
熱海の黄昏
別離
変貌
黒い会社
脱出
時の階段
知らない人達
四年後
赤樫満枝
女二人
思いのもつれ
仮面舞踏会
再会
錐
空の鳥籠
黄金夜界
1948〜2019年。東京生まれ。東京大学文学部国文科卒。「宗教なんかこわくない!」で新潮学芸賞、「「三島由紀夫」とはなにものだったのか」で小林秀雄賞を受賞。
