「むかし僕が死んだ家」
読んでいるとなんだか背中が薄ら寒い感じがしてきます。
最後の最後で、タイトルの意味がわかりました。
自分の記憶の確かさが危ぶまれますね。
別れた彼女が失くしてしまった幼い頃の記憶を取り戻すため私はその彼女と、山中にひっそりとたたずむ家を訪れます。
当然に営まれていたであろう生の気配は全くせず、過去の一時だけを留めて眠ってしまった家のよう。
なぜ時が止まってしまったのか。
そもそもなぜその家が存在するのかどうか。
全ての謎が解き明かされたときに、悲しみと痛みに彩られた過去が甦ります。
過去の記憶を失うということは、過去の自分自身を殺してしまうことなのかもしれません。
つまり彼女の過去は死体としてその家に埋まっています。
エピローグで述べられる「私」の考えが薄気味悪さを伴って頭に残ります。
「誰もがそういう、むかし自分が死んだ家を持っているのではないか。
ただそこに横たわっているに違いない。
自分自身の死体に出会いたくなくて、気づかないふりをしているだけで」
不気味な不安に駆られてしまいました。
もしかしたら記憶に残したくない過去を殺して、その死体がどこかで私の迎えを待っているのかもしれないな。
