「絆」と「縁」
こんな床屋さんがあったら行ってみたい。
北海道苫沢。
モデルは財政破綻した夕張市か。
北海道の寂れてしまった炭鉱町。
過去に栄えたものの過疎化の町にある一軒の理髪店。
変化のない毎日、娯楽もあまりなく、噂がすぐに町中に広がる、住んでいる一人一人の顔がわかるようなところ。
地方ならではの人間模様が繰り広げられる。
誰もが勝手な意見をこぼしに来る店の日常を描く。
他人事ではなくどこにでもある風景。
おかしくて身にしみて愉しくて心がほぐれる物語。
こころがほっこりする。
<目次>
向田理髪店 5
祭りのあと 47
中国からの花嫁 89
小さなスナック 137
赤い雪 177
逃亡者 215
1959年岐阜県生まれ。2002年『邪魔』で第4回大藪春彦賞受賞。’04年『空中ブランコ』で第131直木三十五賞受賞。’07年『家日和』で第20回柴田錬三郎賞受賞。’09年『オリンピックの身代金』で第43回吉川英治文学賞受賞
38P
「おまえね、確かにおれは出向したよ。お察しのとおり片道切符だよ。でもな、仕事で負けたからって、シッポ巻いて田舎に逃げ帰るような男じゃないぞ。馬鹿にするな。お気楽なのはおまえだ。胃の痛くなるような仕事をしたことがあるのか。プレッシャーで夜も眠れない経験をしたことがあるのか。いいよな、競争のない散髪屋で。毎晩ぐっすり眠れるだろう」
今度は康彦が頭に血が昇った。
「なんだと。オメ、散髪屋を馬鹿にしてるべ」
132P
「おれも都会に生まれればよかったって思うことはある。苫沢じゃプライベートも遠慮もあったもんでねえ。みんな小さい頃から知ってっから、恰好の付けようがねえ。いっぺん恰好悪いことをしてしまうと、一生話のタネにされる。だから宿命だと思ってあきらめるしかねえ。大輔君、農業をやめるか?やめねえべ。苫沢から出てくか?出て行かねえべ。だったら開き直るしかないっしょ。みんながひとつの池の中で、同じ水飲んで生きてるべや。それが苫沢だ。染まれ。染まって自分なんかなくしちまえ。楽に生きられるぞ」
