出演者たちの陰陽と喜怒哀楽を巧みに霧のなかに包みこませてくれています。
桜木さんが紡ぎだすちょっと暗くてもの重苦しく悲しい書きぶりが好き。
三姉妹の力強さと男たちとの駆け引きにハートが掴まれます。
この情景のなかに自分が入り込んでしまいます。
魅惑的な女性に出会ったときのように、読後も三姉妹の行く末が気になって仕方がありません。
◎1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第八二回オール讀物新人賞を受賞。07年、初の短編集『氷平線』が新聞書評等で絶賛される。13年、『LOVE LESS』で第一九回島清恋愛文学賞を受賞。同年『ホテルローヤル』で第一四九回直木三十五賞を受賞
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男たちが海の上や陸で繰り広げられる世界の裏話のほとんどは花街に集まってくる。いいところばかり吸い尽くして出涸らしを捨てる人間。出涸らしを拾い集めてさらに絞り尽くす人間、土地の男はさまざまだ。捨てるばかりになった出涸らしを畳に撒いて埃を吸わせる者がでてくるころには、茶葉も自分の存在理由に満足するという「不思議なおまけ」がついてくる。花街の女は、そんな人間たちの境目をいっとき曖昧にするのが仕事だった。
「おふたりとも、珠生の名前など忘れてしまったかと思いました」珠生が極上のさわりを披露すると、三浦が上機嫌で厭味を返す。
「まだけつの青い娘っこのくせに、いったいどこでそんな節回しを覚えたんだ」
143P
自分はなぜこの街から出なかったのか。珠生は痺れる頭で考えた末、近くにいなくては遠さも確認できないほど薄い縁だったことに気づいた。この不条理は、生まれ育った街に流れる「血」であった。それ以上でも以下でもない。街はそれぞれひとつの臓器のように、智鶴や相羽、珠生をその身に捉えて放さないのだ。
なんの縁か、珠生は自分がたまたま相羽が妻として据える気になった女だったことも、海や空や土といったものと同じ、自然のなりゆきに思えてくる。代わりはいくらでもいるのだろう。そう思うと、なにかしら気が楽になった。
258P
女房という言葉をためらうのが、負い目なのか遠慮なのかわからない。
珠生はたとう紙に包んだ着物をスミの方へとずらし、不意の納得に心臓を掴まれた。
自分は惚れた男がどんどん大きくなってゆくのを見ているのがただ嬉しかったのだ。男の横に、誰がいてもよかった。うまく騙してくれさえすればいい。
言葉にならぬ安堵も抱え腕前に両手をついた。
「相羽のこと、よろしく頼みます」
珠生には、海峡の要塞で果たすべき役目があった。
スミの目からほろほろと大粒の涙がこぼれ落ちた。拭うこともせず、珠生を見上げている。珠生はひとつ頷いた。同時に、産む苦しみと産めぬ苦しみにどんな違いがあるのかを未だ正体を見せようとしない神、あるいは悪魔に問うた。
