【No.335】手のひらの京 綿矢りさ 新潮社(2016/09) | 朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

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読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

三姉妹の日常的な会話がとても心地よい。

穏やかな気持ちになれます。

柔らかく、優しい気持ちになれます。

おっとりと、のほほんとして響いてくる京都弁が懐かしく感じます。

京都で生まれて京都で育ち京都で就職して家族一緒に暮らしていると、このような感じになるのかな。

祇園祭、大文字、お正月、八坂神社、嵯峨、渡月橋……等々

京都の風景や名所がたくさん出てきます。

過ごした日々が身体の中に息づいています。

見えない力で、出ようとしても、やさしく押し戻される、旅で行くのと住んでみるのとでは違う京都。

 

 

四季折々の京都に会いたくて行きたくなるような綺麗な小説でした。

文学的に素敵な表現がいたるところで垣間見れて気に入りました。

「私をくいとめて」―別の綿矢さんの作品も読みたい。

 

 

 

 

82P

京都の伝統芸能「いけず」は先人のたゆまぬ努力、また若い後継者の日々の鍛錬が功を奏し、途絶えることなく現代に受け継がれている。ほとんど無視に近い反応の薄さや含み笑い、数人でのターゲットをちらちら見ながらの内緒話など悪意のほのめかしのあと、聞こえてないようで間違いなく聞こえるくらいの近い距離で、ターゲットの背中に向かって、簡潔ながら激烈な嫌みを浴びせる「聞えよがしのいけず」の技術は、熟練者ともなると芸術的なほど鮮やかにターゲットを傷つける。

普段おっとりのほほんとして響く京都弁を、地獄の井戸の底から這い上がってきた蛇のようにあやつり、相手にまとわりつかせて窒息させる呪術もお手のものだ。女性特有の伝統だと思われている向きもあるが、男性にももちろん熟練者は多い。嫌味の内容は普通に相手をけなすパターンもあれば、ほんま恐ろしい人やでと内心全然こわくないのに大げさにおぞけをふるうパターンもある。しかし間違ってはいけないのはこの伝統芸能の使い手は集団のなかにごく少数、学校のクラスでいうと一人か二人くらい存在しているだけで、ほとんどの京都市民はノンビリしている。