“こともなし”好い言葉。
当たり前の毎日がすばらしい!
じつは、それがなかなかわからないんですよ。
この本を読んで、平凡な毎日がほんとうは幸せだったんだなとじわっととわかります。
主人公の生き方や考え方が、ぼくのと重なって共感することができて、また身につまされるような感じもよかったな。
<目次>
もうひとつ 5-44
月が笑う 45-81
こともなし 83-119
いつかの一歩 121-154
平凡 155-194
どこかべつのところで 195-222
◎1967年神奈川県生れ。早稲田大学第一文学部卒。
90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、97年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、『キッドナップ・ツアー』で99年に産経児童出版文化賞フジテレビ賞、2000年に路傍の石文学賞、03年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で直木賞、06年「ロック母」で川端康成文学賞、07年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、11年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、12年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞を受賞
90P
母性というのは、抱きしめたいとか、頬ずりしたいとか、噛みつきたいとか、そういう気分ではなくて、この、泣きたいような気分のことを言うのではないかと聡子は思うことがある。そのほかのことにはかわいいからという理由があるが、泣きたいという気分の理由だけはわからないからだ。母性は、聡子には未だわからない分野のものである。
118P
鼻の先と耳の縁が、冷たすぎて痛む。島谷玲香を見に行った日のことが思い出される。あの日私は、私を見にいったのではないかと聡子は思いつく。つまり「もし」で別れた私だ。私の選ばなかった私。けれどそこにいたのは、当然ながら私ではなく、私と等しく加齢し、私と等しく「もし」を踏み越えて今に到着し、私と等しくときどきかつてを思い出しては「もし」の手前と、そこで別れたどこにもいやしないもうひとりの「私」に思いを馳せる、ひとりの女だった。
119P
やがて道の先にマンションの植え込みが見えてきて、その向こう、赤いランドセルが花のように揺れているのを聡子は見つける。すべて世はこともなし。泣きたいような気分で、聡子は思う。
