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スーパーフラットとハイパーサーフェイス

現在、社会的にスーパーフラットといわれる時代であり、建築はそれをメタ的にいいまわしているらしい。例えば表層としてのファサードがスキンであったり、サーフェイスといいまわされている事である。また遠近法による建築の象徴化をやめのっぺりした抽象化された建築のノーテーションなど。どちらも三次元を平面化するか立体化するかの違いのように私は思うのだが。他には建築は社会と結びついておりどうしても社会からの演繹で説明する癖がある。いいかわるいかはわからない。だがそこには既にスーパーフラットになっているとも思える。そうした時に建築とはなんなのか見失ってしまう。藤村さんがいうように新しい空間などは社会的にどうでもいいことであると自分も思う。何故ならば新しい空間=新しい芸能人というのが今の時代であり、演出のようになりがちだからだ。それは結局表層での遊戯でしかないのではなかろうか・・・。CADが進化すれば潜在的なものなどいくらでもつくることが可能でありそこに快感を覚えるのは危険である。それよりは建築の社会的な位置づけ、役割を見直すことのほうが重要な気がする。そういう意味で磯崎さんや安藤さんは尊敬できる建築家といえるであろう。