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意味から意味へ

約三ヶ月ぶりにブログを更新。そんなことはどうでも良い。


人は意味を見出したがる生き物だと耳にする事があるけれども本当かどうかわからない。ただ今まで生きてきた上で意味を見つけようとする姿勢は自分はあったきがする。何故数学の公式が成立するのか?何故そう決まっているのか?先生に聞くとこういうもんだから覚えろと予備校の時に言われたことがあった。

これは凄くおかしなはなしだ。何故かという事に対してこうなんだと言われる事と何故を何故かつきとめようとしている自分がいる。そこに意味をみいだそうとしている。意味なんてあるのかどうかもわからない。

例えば無限雑乱空間というものがあるらしいが人はその絵を見る。すると人の顔らしきものをみいだす。顔という意味を見つけようとする。不思議な話で何かしら単純化されるみたいだ。

人間の動物的側面からすれば何故を理解することは理不尽な話だろう。サルはサルだから。でもいつからか意味を求めるようになったのかもしれない。オスとメスになんて意味はあるのかどうか?それは生き延びるというためなのかもしれない。また物事は片方があるともう片方があるという事かもしれない。よくはわからない。ある意味人間は不幸なのかもしれない。意味なんてあるかどうかわらないまま私だと目覚めてから一生意味を求め続ける。

また物とは何か?と聞かれたことがあったがその時は原子と答えた。けど今思うと原子ってなんなのかという事になる。そして議論が無限ループしてゆく。つまりは何かには何かが必要になるという事なのかもしれない。結局意味を意味で置き換えてるだけで自分はそれをこうだと認識してないと駄目なんだろう。

建築だって意味なんてあるのだろうか?もともと意味はなかったはずではないか?動物的ではない人間が意味を求めたがゆえに今があるのだろう。人が身を守る場所がたまたまそこであったという事だけでしかなかったはずだ。なのにいつしか建築とは・・・だといわれ、いろんな事が重なってゆく。意味の積み重ね。もし意味なんてないのならそんなもの捨ててしまったほうがましなのかもしれない。動物のように建築した方がよっぽどまともなものが生まれる気がする。ただなんとなく。動物が居場所をみつけるように建築する。まぁ今のところは無理だ。でもいつか建築する、それに建築って何なのか知りたい。小宇宙なのか?銀河系なのか?それとも内と外なのか?たぶんカタチあるものが全てなんだろう。