杉山 召のブログ -104ページ目

杉山 召のブログ

超能力と宇宙人のことを書いています。

多くの者がアメリカを「日本の上」と考えていますが、

実際は「日本がアメリカより上」です。
その証に核兵器の特許を持っているのは日本です。
 

表向きは

第二次世界大戦は「連合軍」=「アメリカ」が勝った。

事に成っていますが、
日本政府は、世論に支持されない(ろくでもない)事を

「日本人」にしたい時に

「アメリカの圧力」という形を用います。
 

 アメリカを「日本の上」とする事で利点があるのです。

人は、(軍事力)暴力に、逆らえますが借金に逆らえません。
 

日本からアメリカに渡されている資金は、アメリカを支配している。

アメリカ(の発言権)を牛耳っているのです。

 

日本は第二次世界大戦で、負けたのではない!!!

勝ちを譲ったのです。

地球人は「黒魔術」を分かってない。
黒魔術とは「しあわせを削る」物理現象です。
人生を殺す魔法です。

  文字を右から左に読み書きする事
  (縦書きでもダメです)
  右回りの時計、扇風機を傍に置く事

  上から見て「右回り」の天井扇を置く事
  左に「吽」右に「阿」の寺社に行く事
  雛人形を「男雛、女雛」と並べる事

これらが「人を不幸にする」真の「黒魔術」です。

ご注意ください。

邪馬台国は、今から二万年くらい前に、日本に有った国です。

千葉県の辺りに有った国でした。

 

邪馬台国では「落伍者を作らない」社会でした。

 「何も出来ない」人にも、

「出来る事を探して、達成させる」 すると、

 

出来る事が増えた人は、他にも「出来る事」が無いか

探すようになる。 

「向上心の芽生え」です。 

 

そして、叱咤激励を経て、他人から賞賛されるようになると、

そこに生き甲斐を見付ける。 

何も出来ない人を立派な人物に育てる。 

 

立派な人物は、軽はずみに「悪いこと」をしない。

なぜなら誇りを持っているからです。

 

 邪馬台国では「苦手意識」を育てません。

易を使い「苦手な物」を避けるのです。 

生命の棲める惑星は、 

人に「前世の続き」をさせます。

なので、前世の行いで「誕生日」を調整しています。 

 

易とは「容易い」=「人生を楽にする」事を意味しています。

 

人は「楽」に「しあわせ」に成ってよいのです。

「シュメール」=「邪馬台国」では輪廻転生は常識でした。

 

今の人生で「為して来た」事が、

前世の「為して来た」記憶とリンクすると、

それは「閃き」となります。

人間という字の「間」は

「心の門」の内に「日」(あたたかい心=大日如来)が、描かれた

「簡易の曼荼羅」が、「間」です。
 

ここに「音(いん=陰)」

(日を縦社会(身分制度)が支配している状態)

陰(音=おとこ)が影を落としているのが「闇」(やみ)です。
(闇=男尊女卑)

門(心の門)の向こうの「人」=「あなた」が居る。

この「人」こそ前世の「あなた」となります。
今の「あなた」を救う「閃」は、

 

  「過去のあなた」がもたらします。

邪馬台国で言う「易」とは

「人生を容易くする」から「易」と言います。

惑星が

「前世の行い」で誕生日を振り分けている。
なので、自分の誕生日を調べて

「自分が前世で何をして来たのだろう?」と、考える

それが「易」と言う行為でした。
 

将来を見据えて努力する前に、過去世の自分は

「何をして生きていたのだろう?」

と考える事が「より良き未来」を導くと思います。

努力は裏切らない。

人は生まれ変わって前世の続きをします。

そして、

惑星も誕生日を調整して努力を応援しています。
 

記憶を引き継げば、来世も(現世)楽だと思います。

だがしかし
輪廻転生で記憶は来世に引き継がれません。

なぜならば、記憶は才能では無い。

 

来世に引き継がれる「才能」とは「モチベーション」です。
 

困難に陥った時に、気持ちの支えとなる「もの」

それは「モチベーション」です。

車庫証明の時だけ、何処かの駐車場を借りて、

普段は、道路に放置している。

 路上駐車

経済的な理由だと、開き直る人も、居るだろう。

 

でも、多くの路上駐車が「交通事故の原因」に、成っている。

 

 特に最近は車道を 自転車 が走る。

 

愛する子供が、交通事故に遭ったら、どうしますか?

他人の子だから、知らないで済ませますか?

経済観念も大事ですが、思いやりを持ちましょう。

 

路上駐車が、交通事故を増やしている。

聖書が歴史と照らし合わせて、符合している。

から、すごいんだ。

と言う意見を聞く度に思う。・・・疑わないの?

 

聖書の権威を創造する為に、歴史の方を寄せている。

と言う事を

多くの人が言っているのに、もしかして、気付いていない?

 

創価学会という団体が有るが、何の創価だ?

キリスト教は、聖書の価値を創造する為に、

歴史に介入している。

こっちの方が創価だと思うのだが・・・?