阿吽(おかざき真里さんの作品)を読んでいて気付いたこと・・・。
最澄は、「既に悟っていた」のに、
そのまま ゴールテープ を突っ切って、目標を見失い
迷子に成っていた。
人は平等、それが答え
仏の道は、「仏のマネ」をする事
権力は弱者を贄にする
権力が間違いの始まりなのだと、誰も教えてあげなかったのか?
闇とは、
心の門を表す「間」の中の「日」を「立(縦社会)」汚している。
音(おと)ではない、陰(イン)=音(イン)
余談だけど
古事記の「欠けている所に、出っ張った部分を補う」とは、
セックスじゃないよ。
「6」と「9」を補い合って、「日」にするんだ。
門の向こうに指す、「日」=「暖かい心」=「世を照らす日」を持つ
それが「日の神子」
「天照大御神」とは、全ての人の「心の中に居る」
「大日如来」は、「人が他人の役に立ちたい」と願う、「仏心」
「仏心」とは、「やさしさ」
最澄は、「やさしさ」の実感(真実)が欲しかったのか・・・?