卒業する信吾 9 
                  清水景允


 信吾は家に帰る時間は連日午後7時を廻っていた。
君枝は、史子を育てながら家庭を守っていた。
ある時、史子が家の中を走り回っていた時のことである。
勢い余って、ベランダのガラス戸を頭から突き破る事故が起きた。史子の顔から血が出ている。
君枝は、史子を抱えて病院へ走った。
君枝は、自分の不注意で事故を起こしたことに責任を感じると同時に、学校に連絡をすると、信吾の研究に支障を起こすと考え信吾には連絡がなかった。
夜、信吾が家に帰ると、史子の右目の上にバンソウコを貼って寝ていた。
幸い怪我はその位であった。
史子の寝顔を見入って、家の中のことは全て君枝に任せ切りで、申し訳ない気持ちで話を聴き入る信吾であったが、次の日も矢張り帰宅が7時を過ぎていた。
そんな生活が続いた。

 1973年の10月に君枝は二人目の子供が妊娠していることを信吾に告げた。
初産の時の経験から妊娠中毒だけは避けたい。
史子には「お姉ちゃんになるのだね・・・。」と言って期待を持たせた。
史子は「お姉ちゃんだよ・・・。」とお腹の子供に向かって話しかける風景が見える様になってくる。
史子は、日に日にお姉ちゃんぶりを見せはじめた。
 8月に君枝は定期検診のため病院に行った。
ドクターは胎児が逆子であることを君枝に告げた。さらに、へその緒が首に巻き付いていると言うのである。
またもや帝王切開である。
健康な君枝の身体に二度もメスをいれるのである。
信吾は耐えられない気持ちを押さえるのであった。
取り出した新生児は男の子であった。
体重は3200gで健康そのものである。
名前を「貴之」と信吾が命名した。
1974年8月23日であった。

 一家4人の生活が始まった。
 史子は、近くの大学付属の幼稚園に入園した。
幼稚園は、教育機関に所属し、園児は午前中のみの園内生活をする。従って、君枝は幼稚園に貴之を背負いながら史子を連れて行き、午前中の家事を済ますと、直ちに迎えに行かなければならなかい。
午後は、史子と貴之の相手をしながら昼食を済ませた後、子供達の昼寝をしている間に買物を済ませるのである。
信吾は、相変わらず帰宅する時間が遅かった。