卒業する信吾 13
清水景允
その暗室で卒業論文の指導をうける。
信吾は勝手に暗室哲学と名付け、哲学の講義を受けるのである。
以前、スクーリングで指導を受けたとき、ロンドン塔の落書きを例に上げ「写真を写す行為は、この世に生きた証を示すことだ・・・。」と話したが、この暗室哲学では、先生から「心に残る写真とは何か・・・。」
もう一つ「現像液の環境に及ぼす影響について・・・。」の二つの質問を受けた。
そこで信吾は、具体的な例を上げて説明に入った。
「心に残る写真とは・・・」と言う質問に対して、何故、人は、愛する人の写真、我が子の写真、孫の写真、そして風景の写真、などを壁に掛けるのだろう・・・。と言うことから、この中に「心に残る写真とは・・・」の回答を見つけることができるのでないかと考えるのである。
愛する人の写真、我が子の写真、孫の写真、等が目に入ると、何時までも心安らかに健康であります様にと、その写真を見るたびに祈りにも似た気持ちが込められているのでないだろうか・・・。また、東洋思想の神髄でもある自然への敬愛にも似たものが風景写真中に読み取れるものが、心に残る写真ではないだろうか・・・。
つまり、写真を作ることは、この世に存在した証を残すことであり。写真を飾ること(写真を見ること)は、そこに写っているものへの思いが込められている・・・と答えるのである。
後に信吾は起業するのであるが、その企業の社訓に「写真は『思い』がギッシリ詰まった器です。」と掲げるのであった。
清水景允
その暗室で卒業論文の指導をうける。
信吾は勝手に暗室哲学と名付け、哲学の講義を受けるのである。
以前、スクーリングで指導を受けたとき、ロンドン塔の落書きを例に上げ「写真を写す行為は、この世に生きた証を示すことだ・・・。」と話したが、この暗室哲学では、先生から「心に残る写真とは何か・・・。」
もう一つ「現像液の環境に及ぼす影響について・・・。」の二つの質問を受けた。
そこで信吾は、具体的な例を上げて説明に入った。
「心に残る写真とは・・・」と言う質問に対して、何故、人は、愛する人の写真、我が子の写真、孫の写真、そして風景の写真、などを壁に掛けるのだろう・・・。と言うことから、この中に「心に残る写真とは・・・」の回答を見つけることができるのでないかと考えるのである。
愛する人の写真、我が子の写真、孫の写真、等が目に入ると、何時までも心安らかに健康であります様にと、その写真を見るたびに祈りにも似た気持ちが込められているのでないだろうか・・・。また、東洋思想の神髄でもある自然への敬愛にも似たものが風景写真中に読み取れるものが、心に残る写真ではないだろうか・・・。
つまり、写真を作ることは、この世に存在した証を残すことであり。写真を飾ること(写真を見ること)は、そこに写っているものへの思いが込められている・・・と答えるのである。
後に信吾は起業するのであるが、その企業の社訓に「写真は『思い』がギッシリ詰まった器です。」と掲げるのであった。