卒業する信吾 12 
                  清水景允


 夕食の宴が始まった。
通学の学生と通信の学生が住み着いている。
その学生達が夕食の準備をしてくれた。
信吾達は言われるまま食卓に着いた。
大きな食堂に大きな食卓が置かれている。
澄子夫人は、厨房への出入り口近くに席があり、先生の席は、澄子婦人の席と対称の位置にあった。
沢田家の家族と、我々学生とも社会人とも分からない人々、外国から沢田家にホームステイして慶応義塾大学へ通っている留学生、それに通学生と通信生を含めて、大きな食卓に向かい合って席に着いた。

 アメリカからの留学生に、日本に留学をした理由を、片言の英語を交え日本語で質問をしてみた。
すると、そのアメリカの学生は、東洋の古い思想や宗教に感心を持っている、と言うのである。
その理由を尋ねると、西洋文化を支えて来た宗教をみて、環境破壊に繋がる文化ばかりで、そこで、何かそうでない別なものを学び、そこから新しい生き方を発見したい。
それで、東洋の仏教とか、禅とか、インドの宗教などの思想に非常に感心を持った。と言うのである。
 その留学生は、日本に来て驚いたのは、日本人は東洋の思想の在り方について興味を持つ者が少ない。西洋の方に目を向け、環境破壊を起こす文化の後を追いかけている。と言うのである。
この留学生の言うことには頷けるものがあった。
現代の日本の技術教育は、西洋の機械文明を追随としか見られないのである。

 話題は、環境破壊と、西洋思想と東洋思想の違いについて話が進んでいった。
 西洋の文化の中で、神はまず神の御姿に似せて人間を作った。
それから後、自然を作った。その意味で、人間は神の子である。と言う事で人間は他の自然より神に近い存在者で、人間は自然を利用しても構わない。と言う根本思想がある。当然この中には、人間と他の自然との間に差をつけていると言うのである。
 この文化は、神を除けば人間中心である。
中世の初期、神の権威を恐れていた時代、この思想が人々の心の安らぎをもたらして居た。
しかし、中世の中期後半から神の権威が薄れ、近代に成って来ると、人間中心主義がだんだん表面に出て環境破壊に繋がって来る、と話が進むのであった。
 一方、東洋の思想は、自然と人間を切り離さず、人間は自然の一部であり、人間の幸福は、自然全体の大きな法則に従って生き、人間観、自然観が一体である、と言うのである。
当然この思想の中には環境破壊など考えられないと結論づけるのであった。
・ ・・・・・
 食事も終わり、会話も一応の結論が出た。次に写真の話に移った。
 以前、パンダ自動車が北海道を走り、旭川を離れる時、芦名の新居は非常に広く、暗室を作るスペースが有るとのことなので、パンダ自動車に明室現像装置一台と白黒用のロール印画紙を自動車に積み込んだので、暗室を見せてもらった。
 新築した母屋の裏に、それまで仮住まいをしていた住居がある。そこの浴室を暗室にしたもので、大人2人が入っても余裕のスペースがあった。そこに、信吾が特許出願した明室現像装置が設置してあった。
先生は、この装置を利用して写真を現像しているのである。
 先生の明室現像装置の評価は、先ず、現像するのに現像皿などを準備しなくても良い、現像槽がそのまま現像液の貯蔵タンクになっているから、現像が終わっても後片付けをしなくても良いこと等を高く評価してくれた。