卒業する信吾 15
清水景允
暗室から出て先生は、先生の著書「ライフサイエンスの哲学」と言う学術文庫本を取り出し、信吾に渡してくれた。
この「ライフサイエンスの哲学」の中の148ページに「来るべき社会における科学と人間 (1)科学への禁欲」の中で、科学者としての本来あるべき姿の記述があった。
信吾は、このページを以下の通り理解するのである。
先生は、科学を人間の知識のひとつの在り方で理論体系であると定義し、その科学理論を物質化するということは人間の知的活動の自然な流れである。と言っている。
例えば科学者が原子力で発電する理論を持っている。すると、その理論を元に技術を伴って現実の原子力発電所を作り上げるのが人間の本質である。
しかし、科学者は一つの禁欲を実行しなければならない。つまり、原発から出るゴミの処理を解決しない限り、その理論を物質化(原発を作る)してはならない。このことは人間の知的活動の自然の傾向に逆らうものであるが、科学者としてその自然の傾向にストップをかけるためには、科学以外の関心に根差す必要がある。つまり哲学をもつて強い禁欲の思想が必要だ・・・。と・・・。
さらに、先生は書棚から先生の著書「認識の風景」を取り出し、信吾の手に渡してくれた。
その著書の扉裏に「富山信吾君へ恵存 沢田允茂」とサインがあった。
「認識の風景」1 風景としての知覚 の冒頭に
「人間の認識と環境的自然との最初の出会いは知覚風景である。」
と定義がある。
これを、このまま受け取れば当然と言えば当然である。しかし、信吾にとってこの一節に、環境の中で生きて行く人間の行動の全てを物語っていると解釈するのである。
人間が生きて行くと言うことは、生きる「場」を知る事である。つまり、環境を知ることを意味している。知ると言う行為は、その環境の中で問題意識を持たなければ知ることが出来ない。
ここで、「人間」と限定しているところを「動物」と置き換えた場合、どうなるか。
認識の風景としての意味合いは無くなってしまう。
つまり、人間は知恵を持ったホモ・サピエンスとしての大前提がある。その知恵の持った人間が生活する環境の中で、問題点を発見しなければホモ・サピエンスと言えない。
その問題点を見つけるのに知覚が必要である。
更にこの知覚とは目に見える限られた範囲を指して居るのではなく、知恵をもって予測することのできる風景も含まれている。つまりイメージと信吾は理解するのである。
したがって、写真は、人間が認識したものを表現する一つの手段であると、信吾は考えるのである。
信吾にとって、これらの著書はバイブルとなっていくのである。
大きな収穫を得た信吾達は帰郷するのであるが、帰りの車の中は大きな大人二人が加わった。沢田先生の長男Makoちゃんと通信の学生で沢田家の書生をしていた慶応旭川クラブの元会長とである。
信吾以外は1メートル80センチをオーバしている大男である。
Makoちゃんと元会長は後ろの座席で身体を縮める様にして座っている。
珍道中がはじまり28時間かけて旭川に帰るのであった。
清水景允
暗室から出て先生は、先生の著書「ライフサイエンスの哲学」と言う学術文庫本を取り出し、信吾に渡してくれた。
この「ライフサイエンスの哲学」の中の148ページに「来るべき社会における科学と人間 (1)科学への禁欲」の中で、科学者としての本来あるべき姿の記述があった。
信吾は、このページを以下の通り理解するのである。
先生は、科学を人間の知識のひとつの在り方で理論体系であると定義し、その科学理論を物質化するということは人間の知的活動の自然な流れである。と言っている。
例えば科学者が原子力で発電する理論を持っている。すると、その理論を元に技術を伴って現実の原子力発電所を作り上げるのが人間の本質である。
しかし、科学者は一つの禁欲を実行しなければならない。つまり、原発から出るゴミの処理を解決しない限り、その理論を物質化(原発を作る)してはならない。このことは人間の知的活動の自然の傾向に逆らうものであるが、科学者としてその自然の傾向にストップをかけるためには、科学以外の関心に根差す必要がある。つまり哲学をもつて強い禁欲の思想が必要だ・・・。と・・・。
さらに、先生は書棚から先生の著書「認識の風景」を取り出し、信吾の手に渡してくれた。
その著書の扉裏に「富山信吾君へ恵存 沢田允茂」とサインがあった。
「認識の風景」1 風景としての知覚 の冒頭に
「人間の認識と環境的自然との最初の出会いは知覚風景である。」
と定義がある。
これを、このまま受け取れば当然と言えば当然である。しかし、信吾にとってこの一節に、環境の中で生きて行く人間の行動の全てを物語っていると解釈するのである。
人間が生きて行くと言うことは、生きる「場」を知る事である。つまり、環境を知ることを意味している。知ると言う行為は、その環境の中で問題意識を持たなければ知ることが出来ない。
ここで、「人間」と限定しているところを「動物」と置き換えた場合、どうなるか。
認識の風景としての意味合いは無くなってしまう。
つまり、人間は知恵を持ったホモ・サピエンスとしての大前提がある。その知恵の持った人間が生活する環境の中で、問題点を発見しなければホモ・サピエンスと言えない。
その問題点を見つけるのに知覚が必要である。
更にこの知覚とは目に見える限られた範囲を指して居るのではなく、知恵をもって予測することのできる風景も含まれている。つまりイメージと信吾は理解するのである。
したがって、写真は、人間が認識したものを表現する一つの手段であると、信吾は考えるのである。
信吾にとって、これらの著書はバイブルとなっていくのである。
大きな収穫を得た信吾達は帰郷するのであるが、帰りの車の中は大きな大人二人が加わった。沢田先生の長男Makoちゃんと通信の学生で沢田家の書生をしていた慶応旭川クラブの元会長とである。
信吾以外は1メートル80センチをオーバしている大男である。
Makoちゃんと元会長は後ろの座席で身体を縮める様にして座っている。
珍道中がはじまり28時間かけて旭川に帰るのであった。