信吾の病気 1
                 清水景允

 信吾は、高等学校 2級普通免許(高2普 教員免許)が北海道教育委員会から付与された。
そこで、学校長に来春の人事異動に日本海の見える高等学校に異動希望を出した。学校長は理由を聞いて来た。
信吾は「日本海に沈む夕日を写真に撮りたいのです。」
と答えた。
すると、学校長は「何を言っているのですか・・・。貴方の趣味の為に人事異動など命令することは出来ません。」
更に続けて、「先生は、この学校の生き字引です。この学校に骨を埋めて下さい。」と言うのである。

 信吾は恥ずかしかった。
この学校に、高校生として入学し、卒業後直ちに実習助手として拾っていただき、その実習助手時代に、哲学的問題意識に目覚め、普通では考えられない長い年月、時間を掛けて大学を卒業させて戴いた。さらに、この学校の教諭として迎え入れてくれるのである。
幾ら、北海道教育委員会で採用されているから異動希望は自由だと言うことで「お世話に成りました・・・。」と一言で、この学校を去ることは道義上許されない。
信吾は『この学校に骨を埋めよう・・・。』と決心するのであった。
と、同時に、『大学は卒業したが、それは人生の一つの通過点にしか過ぎない。まだまだ人間としてやらなければならないことがある。』
このことは、大学での卒業論文指導の時、沢田先生より言われていたことばであった。
「君が哲学的問題意識の芽生えから哲学の門を叩いたと言っていたが、その問題意識は、君の一生の仕事としたら良いよ・・・。」と・・・。