もうネタ記事を貼ることもないでしょう、そこらじゅうで論争になってるみたいだし。
今回の”中田敦彦の乱”、読み進めていくと落語の「はてなの茶碗」を思い出してね。
古今亭志ん朝 「はてなの茶碗」(茶金さん)
京都のお話なのに江戸言葉の”古今亭志ん朝”はどうなのか?という向きもあるでしょう。
上方の落語家のほうがしっくりくるのも当然ですが、私、公言してる通り
古今亭志ん朝が大好きなもので。
で、この話、すご~く長くなると思います。
なにしろ、中田敦彦がバカというより、”無教養”すぎて話にならないというか、
一つ一つ例を挙げてしないと中田敦彦氏の的外れも甚だしいダメ出しをしていかな、と思って。
落語「はてなの茶碗」30分を超えてますので見るのも大変でしょうし、お暇で興味がある方だけ
観て頂ければと思うのですが、この登場人物の「茶金さん」は、松本人志氏だなと、
そして、中田敦彦氏が「油屋八兵衛」に照らし合わせていくと話が分かりやすいかと。
まず、事の本質と中田氏が間違えてる部分ですが、私、事あるごとに
「誰が言ったかが重要ではなくて、”何を言ったか”が肝要」だと、これは間違いじゃないのですが
事が採点・評価・値付けとなると、「誰が言ったか(評価した・採点)」こそが重要なのであって
「なにを言ったか」はほぼ関係ないということ。それはなにも・・・
お笑いの賞レースなどは、誰が審査員かが重要なのであって、ただでさえ人材不足なところに
松本人志を除外しては大会そのものが成り立たないということ。
なにも重鎮がでもなけければ、居座ってるでもなく、”誰が審査し何点つけるかが重要”なだけ。
その時の審査員のメンツはTV局が決めることであって、「忖度ガー」でもなければ
「権力ガー」でもないし、
要点が散ってしまうとあれなので、M-1に限って話を進めましょうか。
「審査員を誰に据えるか」は重要で、松本氏よりベテランは探せばいくらでも居ます。
だからベテランなら誰でもいいってことではなくて、例えば「笑福亭鶴瓶」
本人は絶対審査員はしないと公言してますが、これは人がいいから全員に95点付けそうじゃないですか。
それでは審査になりませんし、例えば「西川きよし」、若手の笑いは
理解できないでしょう。
「ヨネダ2000」みて「は?」でしょう(笑)
そうなると個人的好みの笑いのみに評価しそうですし、上沼恵美子さん、オール巨人師匠は降板してます。
ここで、も一つ重要なのは例えば23年大会、山田邦子氏がトップの「カベポスター」に
最低点84を付けたことに、最初は不服だったカベポスター、大会終了後
ことあるごとに84点をエピソードトークに使っては、今ではテッパンネタにまで昇華、
するとカベポスターの名前を知らなくとも「あの84点か」で認知してもらえる。
これが仮に中田氏が最低点84を付けたとしましょうか。
その時のカベポスターのリアクションは「中田ごときが!」となるのがオチで、
テッパンネタになるどころか、終生恨まれ、遺恨を残すことになります。
なので「オモロないくせに」で、「旬の若手が審査員」にと下剋上にはなりませんし
中田氏以外、誰も望んでない、だから”的外れ”だと言っとるんです。
それはなぜかと言うと・・・
人が人を評価するには、その人に信頼と実績、そして信用が備わってなければ
低評価を出せば遺恨を残すだけになってしまうからで、この場面では「誰が言ったか」だけが重要。
で「はてなの茶碗」の茶金さん、京では知らない人はいない茶道具の目利き
彼が付ける値段がその物の価値の評価になる。
それは信頼と実績、そして信用があればこそでね。
少しかいつまんで「はてなの茶碗」を解説しましょうか。
清水寺界隈の茶店で茶を飲む「茶金さん」を、油屋八兵衛が見かける。
その茶金さん、手にしたなんの変哲もない茶碗を上に下に、首を何回もかしげながら見、
そっと置いてその場を去る茶金さん、それを見た八兵衛、その茶碗にはなにかあると思い
茶屋のオヤジを説き伏せ、3両で手に入れ、そのまま茶金さんの店に持ち込み
最初は600両で買い取れと吹っ掛けるが相手にもされないが、事の経緯を聞くにつけ茶金さん、
この茶碗で10両貸すからと提案、渋々茶碗を引き取るが、どこにも傷も穴もないのに
水が漏る、その茶碗の話を公家が催した茶会で話すと話題になり、高貴な公家が銘を入れ
その話が大きくなり、その茶碗が千両で売れました。
これね、茶金さんが扱ったから高額がついたのであって、どこの馬の骨ともしらない油屋が
公家の茶会に参加できるどころか、仮に「1両で買ってくれ」と言おうものなら
張り倒されるのがオチ。
なにせ茶器にズブの素人がどうしようが誰も取り合わないし、皆は茶金さんを信用して
彼の言い値がそのまま価値になる。
それはなにも権力とか権威とも違う。
鑑定団でもそうですね、茶器、中島誠之助先生がつけた値段がそのまま評価額。
茶器もハダカ(単体)よりも箱入りで、その箱に例えば「表千家●代・○○斎の極め」
があると値段が跳ね上がる。
これが「お墨付き」であり、銘刀ならば本阿弥家の鑑定書がつく、これが「折り紙つき」の語源であり
「太鼓判」というのもそれらの類で。
なにが言いたかったというと、松本人志氏が採点するのは「お墨付き」であり
芸人なら誰しも松本人志を笑わせたいと思うもの。
で、高評価を受ければそれが「太鼓判」であり、それはなにも松本人志が権力側の人間だから
ではなく、これまでの芸歴からくる信頼と実績、フェアーにジャッジできる信用
なのでお笑いの大会で松本人志が重宝されるだけで、そこのところを中田氏は
全くわかってない、なぜなら中田氏は・・・
なまじっかの知識はあるが、文化がない、よって教養がない。
そしてもっとないものが『人望』、絶望的なほど人望がないと思われる。
すると「はてなの茶碗」の八兵衛というより、”石田三成”に見えてきたわ。
豊臣秀吉への凝り固まった忠誠心・正義感だけはあるものの、大将を張るには致命的に人望がない。
なにせ朝鮮の役で、額面通り告げ口を繰り返したもんだから加藤清正、福島正則
細川忠興に関しては、妻の細川ガラシャまで光成に殺されたようなものだから
その恨みたるや、関ヶ原ではわき目も降らず三成軍に突進していったくらい。
西軍の大将の三成、”笛吹けども踊らず”で、振り返ってみれば、まともに戦ってるのは
三成と大谷吉継、宇喜多秀家だけだったという寒さ、それもまた絶望的に人望がない三成のなせる業?で
中田敦彦氏、振り返ってみ?後ろに誰かいるかね?
アンタ一人、矢面に立ってるのでは?(≧ω≦。)
これは私の持論、芸能人たるもの、下積みもなく早く売れすぎてしまうと調子に乗り我がままに。
で、フェードアウトしていく、まるで”Sピード”のように。(^-^)
たしかに「♬武勇伝、武勇伝」には当時、大笑いさせてもらいましたが
ヒット曲「パーフェクトヒューマン」あれで天狗になってしまったきらいがあってね
ただあの曲、韓国PSYの「GANGNAM STYLE」のパクリじゃないの!?
PERFECT HUMAN / RADIO FISH
その類似で、「キツネダンス」も「GANGNAM STYLE」の亜種なんだが。
なんだろうね、すでにお笑いの世界の人ではない者が、外野からとやかく
お笑いのことを語るのは、なんだか違う気もしますし、霜降り・せいやの言う通り
相方・粗品の名前をダシに使うのもどうかと思いますし、こういうの炎上商法というより
「ヒーロー芸」って言うんだってね?
今回が初めてじゃない松本人志に噛みついては動画のカウント数を稼いでみたり
パーフェクトヒューマンもだし、粗品の名前を出すのも全部ひっくるめて
「人の褌で相撲を取る」のは卑怯とまでは言いませんが、なんか違うと思うな。
長々と駄文に付き合っていただきありがとうございます。m(_ _)m
ギュッとしたら、1/4くらいには圧縮できる内容なのにね、(/ω\)