公園トイレに紙があり感激、運転手男性が1千個寄付
記事によるとですね、
>贈ったのはタクシー運転手の男性。乗車中に我慢できなくなって
駆け込んだ市内の公園トイレに、きちんと紙が備わっていて
感激したという。
ということなんですね、OPPの小生には他人事じゃない。
公衆トイレの位置は、移動ごとに常にチェック、ポケットティッシュ
を忘れて出掛けたとなれば、不安が頭をよぎるぐらい。
なのでこの運転手、よっぽど「切羽詰った状態」だったのは、
とても同情します。
そこにトイレがある=オアシスぐらいに感じたであろう、そして
「捨てる神あれば拾う神あり」とすれば、そこにあった
トイレットペーパーはまさに、紙だけに『神』ぐらいに感じたであろう
当たり前の場所に当たり前のようにある、そんな些細なところに
彼は幸せを感じたのであろうね。
そしてこのトイレがあった公園を管轄している市に、
トイレットペーパー千個(3万円相当)を寄贈、その時彼が感じた
幸せ度=等価交換で3万円だったということなんだろうな。
言いかえれば、その時の切羽詰まった彼には、目の前に1万円が落ちて
いるよりも、トイレがあり、尚且つ紙が常備してあったことのほうが
幸せだったということ。
幸せの尺度なんてその状況・その人によってそれぞれ、
1000万円あっても幸せに感じない人もいれば、1万円で十分幸せ、
いや、おにぎり一個、果てはトイレットペーパーが目の前にあるだけで
幸せに感じることだって可能なのだ。
要は人間、幸せか不幸せかってのは、考え方一つでどっちにも転ぶ
ことが出来るってことを思い出させてくれた、ホッコリしたニュース
でした、m(_ _)m