近藤正高 著 『タモリと戦後ニッポン』 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間


タモリは終戦一週間後の生まれ、タモリが生きてきた時代背景と
戦後ニッポンの奇跡とを照らしあわせて書かれたのが本書。
この本、面白かったです。
というのも、テレビが一番幸せだった時代を物心ついた時から
リアルタイムに体感できたところが大きく、著作の登場人物も
殆どが知っている人物、70年台以降の時代も体感したからこそ
懐かしくもあり、振り返るにもちょうどいい。

幼少期からずっとテレビを見続けてきて影響も受けた、
「全員集合」から小学生時の「見ごろ食べごろ」では、
こたつの上に登り『電線音頭』を踊り怒られ、中学時代に一次
漫才ブームでは「ザ・ぼんち」のギャグ「そ~なんですよ、山本さん」
って真似をし「ホ~ホケキョ」とダミ声を真似る。
高校時代には『ひょうきん族』、パーデンネンって演ってましたし
タケちゃんとさんまの番組ばかりを追っかけ、高校出ると
ダウンタウン一色「ごっつええ感じ」では大いに笑わせてモロタ。

そんなので「いいとも!」もですが、その前身番組「笑ってる場合ですよ!」
もよく覚えています、ホントよく見てた。
いいとも!も、笑ってる場合~も、手がけたのは「名物P・横澤 彪」
絶頂期の「笑ってる場合~」が突然終わり「いいとも!」が始まった時も
不思議と覚えてますが、なぜ「笑ってる場合~」が終わったのか謎でした。
たしかに漫才ブームも終わりかけの雰囲気はありましたが、横澤 彪曰く
始まった頃のレギュラー陣は貧乏でしたが、進むに従って小銭を持つように
なってから、楽屋でもカネと女の話ばかりで番組出ることもただの
ルーティン感がプンプン、彼らからやる気を感じなくなったから急遽
終了させたらしい。

今思えば「いいとも!」長くつづきましたね、当初はタモリだけでなく
スタッフも「3ヶ月で終わり」と思っていたらしい。
数字も当初は4%程度と低迷してたからムリもないが、名物コーナーの
「テレフォンショッキング」の存在が大きかったですね。
後にヤラセだの予定調和(番宣目的)だのと批判もありましたが
あれはあれで存在意味があったのだと思いますし、マンネリ感が長期間
漂ってたのも否めませんが、いざ「いいとも!」が無くなってしまうと
それはそれで喪失感がハンパない。
それからはどこ局も『ただの情報番組』を垂れ流しているだけで
非常にツマラナイ。
まあ、見なくても全く気にもならない点では良かったのかもしれませんが。

本書の指摘で気が付かされたのが惜しくも終了してしまった「ヨルタモリ」
あれは今風の「今夜は最高!」だったんですね。
「ヨルタモリ」も「いいとも!」も、無くなってから良さが分かる。
「ヨルタモリ」後継の「パイセンなんだっけ?」アレ、クソつまんないね。
初回放送見てて段々と、イライラしてむかっ腹が立ってきた。
始まって10分で早送り、もう二度と見ません!
TV番組で腹を立てたのも久しぶり、フジテレビは根腐れしてるね。

それはまた近日中にでも・・・・m(_ _)m