『日本のいちばん長い日』 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間


今日朝7時前に出発して、なんとか間に合いました。
天気は良かったのに、途中霧が深くなってね、寒いのなんのって。
余計に一枚着込んでいってよかった、ちょうど移動時間1時間半かかり
車時代とそれほどの差はなかったようです。

さて、映画の方ですが、ひょっとして今年はじめてかな?
映画館で観るのは。
リメイク版みたいですがそこはやはり脚本が素晴らしいので
配役と構成(編集)、ヘタな後講釈を付け加えさえしなければ
悪くなりようがない作品。
想像どうり良かったです、もう今年No1にしていいんじゃないで
しょうかね?
最近はDVDも含めて観る本数も減ってますし(読書が忙しいもんで)

当時の終戦に向けての、それぞれの立場の思惑・葛藤など
よく描けてるんじゃないですか? そう感じました。
やはり戦争ってね、始めるよりも終わらせるほうが何十倍も難しい。
陸軍大臣・阿南惟幾がいればこそ、陸軍の暴走を首の皮一つで抑え
この時「鈴木貫太郎総理」であったからこそ、御聖断を導き出した、
後にこれは昭和天皇との、あうんの呼吸で、ある意味演技だったと
囁かれているとか。
あきらかに戦況は悪化しているのに、何回合議してみたところで
結論が出るわけもなし、天皇の御聖断がなければ、誰も終わらせること
が出来なかった。
昭和天皇と鈴木総理、阿南惟幾大臣がいなくて陸軍の言うとおり
本土決戦になってたらと思うとゾットするね。
全国が焦土と化し、京都などの歴史的文化財が焼きつくされ
東京に第3の原爆が投下され(実際に3発目の計画は存在していた)
そうなってからでは、いまのような復興は不可能だったろう。
朝鮮半島のように、北と南をソ連と米に分割されてしまってね。

いまと照らしあわせてみたらどうだろう?
戦争が始まったとして、誰が終わらせる決断が出せるというのか?
天皇の政治的発言はご法度とされてるからね。
それだけの覚悟と決断の出来る政治家が皆無だから。

東京大空襲に始まり沖縄戦、広島原爆投下に、和平のなかだちを画策
していたロシア参戦と再びの長崎原爆投下と、この期に及んで未だ
「本土決戦」の熱に浮かれる若手陸軍将校、なんなんでしょ?

それはね、たぶんですが『官僚脳』に侵された証拠では?
そりゃね、原爆の悲惨な現場はおろか、ずっと東京にいて戦場の現場
一つ経験してないどころか見てもないんですよ。
現場に出張ってないから当然、自分らは怪我一つせず元気のそのもの。
一戦も交えてないのに『負け』とは、どういう了見だ!ってなる訳です。
「一億総玉砕」だの「2千万人が束になって戦えば一矢報いる」だの
国民側にしてみりゃ、いい迷惑そのもの。
だって「それまで戦ってすらいない」んですから、なんとでも言える。
国体護持にしろポツダム宣言に書かれてた「to Subject」の訳一つ
置かれた立場でどうにでも解釈できる。
それもまた暴走の口実(大義名分)になる。

この陸軍の一部将校の行動、いまでも一部のキャリア官僚をみるようで
正直怖かった。
「木を見て森を全く見ないどころか、見ようともしない」連中、
今のキャリア官僚と一緒。
言ってることは、もっともらしく一瞬だけ思うが結局自分らの体面、
体裁を繕ってるだけ、『軍益』今なら『省益』しか眼中にない。
そんなくだらないことのために、日本を壊そうとしているんだからね。

少数ながら存在するでしょう? 『官僚脳』にキャリアが。
そんな「官僚暴走脳」のキャリアの口車に乗せられ、片棒をかつぐ
政治屋。

親米ポチ保守、ウスラサヨクなど、どの問題であれ「ポジショントーク」
しか出来ない人たちこそ、この映画を見て「自分で考えてみるクセ」を
付けていただけたらな、とは思います。

m(_ _)m