中島義道 著 『私の嫌いな10の言葉』 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間


私も若干の社会不適合のケがあるのですが、それに輪をかけて
著者の不適合ぶりがナカナカのもんで、読んでいる途中で大笑い
したのは初めてかも・・・
その嫌いな10の言葉

相手の気持ちを考えろよ!
ひとりで生きているんじゃないからな!
おまえのためを思って言っているんだぞ!
もっと素直になれよ!
一度頭を下げれば済むことじゃないか!
謝れよ!
弁解するな!
胸に手をあててよく考えてみろ!
みんなが厭な気分になるじゃないか!
自分の好きなことがかならず何かあるはずだ!

ほぼ同意できる言葉が多く
自分なら「おまえのためを思って言っているんだぞ!」
これが一番嫌いだろうな。
「オマエのため」といいながら本音では「オレのため」なんだな。
「オマエのそういうところがオレには目障り、迷惑しているんだ」
というのがミエミエ。
最初からそういえばいいんだが、「オマエのため」というマクラを
付けることで、暗に自分はいい人アピールしていることにも気づかない。
その思考の単純さがイヤだ。

「一度頭を下げれば済むことじゃないか!」これもねえ・・
いい悪いじゃないからね、コレ。
非がなくともとりあえず、謝っておきさえすれば丸く収まる。
そこに本当のの謝罪なんて求めてなんていない。
形式だけの謝罪でいいんだな、よくTVで謝罪会見やってるような。
アイツら、『形式的に』謝っているだけで本音じゃどんなもんだか。
とりあえず謝ったところを写しときゃ『禊が済む』ってなもんでね。

全体的に共通しているのは『やさしさの暴力』
本人に全く悪気がないから余計にタチが悪い。
「自分の好きなことがかならず何かあるはずだ!」
と言っておきながら、好きなことが売春ではいけない。
かといって、プロ野球選手だ、モデル・芸能人のような
なれる可能性が非常に低いものも許されない。
好きなことと言いながら何でもいいとはならない。
そこが欺瞞的でズルいところなんですが、難易度の高いことをいうと
「他にないのか?」と変更を促しハードルを下げさせる。
そしてめいいっぱい下げさせたところで「小学校のセンセイ」というと
「そうか!」と同調する。
社会的上昇志向の薄い、堅実なものだけが認められる。
そう『言わせるように』誘導尋問するんだな、ズルいことに。

ここから多少引用します。
>社会的成功者とは傲慢かつ単純な人が多いので
自分の成功を普遍化したがる。
こんな自分でも成功した、だ・か・ら・みんなも諦めずにやって
みたら、という「謙虚」な姿勢の裏には、臭いほどの自尊心が
渦巻いている。しかみ、底辺から自分でのし上がってきた人ほど
この臭気が強い。
Aさんは勇敢に生き続けた結果、現在の成功があるとしても
それをBさんに当てはめることは普通できないはず。
その成功者だって、かなりの部分『運』ではなかったか?
その沢山の屍の上に自分の成功があるんで、そこは謙虚に認めて
いないとね。
それがないからあの「W邉M樹」が反感を買うんです。
実際、あの居酒屋チェーン、半分傾いてるからね。
今まで巧く『時流に乗った』だけのことなんです、結果から言えば。

「好きなこと」をしても成功しない膨大な人々の死屍累々の上に
あなたの成功があるんです。

長くなりました、続きは明日にでも書きます。

今回はこのへんで・・m(_ _)m