昨日のお話の続き・後編 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間

昨日の続き、「I田さん」とこのお婆さんが亡くなられて
講組で会葬の受付をした話をしました。

懇意にして頂いている「I田のおじさん」の兄弟の一番下
(といっても戸籍上の兄弟なのですが)「K子ちゃん」とは
幼なじみの同級生でした。
なので小学生の時はふつうに一緒に遊んだこともありましたが
(1学級20人足らずなので6年間同じクラス)当然のように
中学校も一緒に上がっていったのですが、入学したと同時ぐらいか
全く話も、会っても挨拶すらしなくなり(小学校時の全員とですが)
顔すら全く思い出せません、記憶からすっぱり消え去ってるのです。
高校卒業と同時に県外へ出て行ったとは聞いていましたが
葬式と慣れば当然、参列するものだと思っていました。
となれば、30数年ぶりになるでしょか?
でも来ないんです、いつまでたっても・・その理由が判明したのは
喪主の挨拶(お婆さんの旦那さん)で判明した、驚愕の事実。

亡くなっていたんです、去年に・・同級生のI田K子ちゃん。
病気療養で都会を引き払って入院していたというのです。
聞けば、乳がんが転移して全身に回って発症から1年半ほどだそう
息を引き取ったとのこと、家族だけで密葬にしていたんですね。
だから全くわからなかった。
これで同級生が亡くなったと聞いたのは二人目、知らず知らずに
もうそんな歳になっていた自分を思い知らされる。
それもですが、こんなポンコツの自分より、従兄弟のお姉さんや
I田K子のほうが、よっぽど役に立っていると思うのです。
若い時の脱肛と十二指腸潰瘍の入院だけで、ここ何年も健康診断すら
しない、大した病気もなく生きている小生、「なんか生かされてるな」
と、比較的身近な若い人の死と接した時に、ふと考える今日この頃。
「まだオマエは世の中に役に立っとらん、お迎えはそれからや」ってね。

よく「死にたい」とか「人を殺してみたい」とか、ふざけた連中が
いますが、奴らに絶対的に不足していること
それは「人の死に接する体験数が、絶対的に少ない」と思うんですね。
田舎では3世代、時には4世代同居が当たり前で、嫌が応にも人の死に
接してしまうものですが、核家族化してしまうとどうしても人の死に
接する機会が激減してしまう。
勝手な持論ですが、葬式でも人の死にたくさん接したほうがいい
その時に亡くなった本人がどういう人生を歩んで幸せだったのか
そうでなかったのかちょっと考えてみる。
その時の残された遺族がどうだったか、それで関係性がちょっとでも
垣間見えたりね、結構勉強になると思うのですがね・・

たくさん接したほうがいいと言っても、「全くの赤の他人」じゃ
意味が無い。
初上京した時の、山手線が止まった時に聞いたアナウンス
「人身事故につき、しばらく運転を見合わせます」を聞いた客の
舌打ちや「全く迷惑だな」の捨て台詞からの乗り換えに急ぐ人々。
そんなのじゃ、何回接しても意味がありません。
アカの他人じゃなく、少しでも自分と接点がある、
例えば近所に住んでたとか、友人の知り合いでもいい
「ちょっと知ってる、一回でも会ったことがあるかも?」って
そんな関係で構わない。

そうすれば少しは、邪な感情を持つ人間が減りはしないか?
って考え方は、希望的観測でしかないのかな?

(´・ω・`)