幼い姉妹死亡 母親を逮捕 ネタ元
育児ノイローゼから、我が子二人を手に掛けるってやつ
忘れた頃に起きてその都度「もう二度と云々~」ってな陳腐な
コメントもあったりもするんだが、いつまでたってもなくならないな。
てっきり金銭的に行き詰まっての発作的かとおもいきや
見れば結構キレイで大きな自宅で、旦那もいるという。
しかもこの母親36才、もうええころ分別も着くだろうに
旦那もいるのに育児についての相談も出来なかったのかね?
防ごうと思えば防げた事案だけに、実にもったいない。
誰かに相談『さえ』しておけば、簡単に防げると思うのですが
そのための児童相談所だってあるのだし、やるせないなあ。
うつ病にでもなってたのかね?
ここからが本題。
この母親にとって『幸せ』って、どんなものだったのでしょうか
それが知りたくて仕方がない。
はたから見れば、新築の家(ローンは残っているだろうが)に旦那と
娘が二人、何不自由ない暮らしに思えるのですが欲って奴は厄介でね
上を見ればキリがない。
と、ここまでは、パッと見だけの第一印象のみで判断したことで
その実、不景気でローンの払いがキツイ、旦那の稼ぎが悪い&
家事を手伝わないとか、子供が言うことを聞かないとか
ひょっと、重病を抱えているとか、そんなことは当の本人しか
わからないことでね、見る側はごく上辺の状況で勝手に判断して
いるだけことで、このケースに限らず・・・
例えば・・例えばですよ?
昔思ったことですが大阪は御堂筋を歩いていた時、心斎橋だったかな
アソコってね、結構な数のブランドショップが立ち並んで
着飾ったイケてるカップルも歩いているんです。
その見た目と第一印象だけを切り取って「羨ましい」と嫉妬心を
たぎらせるか、深読みしてホントの所、彼は浮気中とか
実はもう醒めてるとか、見えを張りすぎてて財布の中は火の車で
借金まみれとか、ハタから一見しただけではわからないことだって
あると思うのです。
今が幸せか不幸せかってのは、当のカップルにしかわからないのに
コッチが勝手に忖度しているだけにすぎないのではないのでしょうか?
上を見ればキリがない幸せの基準、少しでも幸せのハードルを
下げることで『幸せと思える回数』が増えると思うのですがどうでしょう?
究極は「生きているだけで丸儲け」有名な「元気があれば何でもできる」
ってのは、とても的を得てる言葉だと思うんだけどな。
不幸せの最中でも、その中での一つでも幸せなことを見つけることが
できたなら、こんな我が子に手をかけるってことも、無くなるような気が
するってのは、楽観的過ぎるのでしょうか・・・?