久しぶりの映画になりました。
一言で片付けると「生みの親より育ての親」で済んでしまうと
簡単すぎか・・・
出産時、新生児を取り違い’られた’ことが知らされて
話が始まります。
生後6年経ってから言われてもなあ、というのがね。
物心がつく前ならまだナントカ取り繕うこともできよう
もんだが、分別つく年齢になっちゃうと、なにかと
難しいものがあります。
大企業エリートの福山雅治と街の電気屋リリー・フランキー
の子供が、看護師の憂さ晴らしからすり替えられたという原因
がねえ・・たまったもんじゃないですな。
福山さんちの子供、自分の子じゃないと分かってからいうもの
欠点が気になってしょうがないみたい。
お互い話し合って取り替えようとなるのですが、実際一緒に
暮らしてみると、そこはやっぱりそれまでの生活の質だったり
ルールも違うので、そりゃうまくいくはずはないわな。
で結局、お互いの親どうしが会う場面で映画が終わるのですが
想像ですが、元の鞘に収まったんじゃないかな?
そんなもんですよ、血はつながってないとしても情は移ってるし
環境が違いすぎるとね・・
血よりも、どう過ごしてきたか?が優先されることなのかな
やっぱり。
よく聞くのが、不妊治療で大変な労力をかけている方が少なく
ないようですが、里親・養子縁組ではなぜダメなのかが
よく理解できん。
そんなに「血のつながり」って大事なのかな?
それよりも、いかに充実した日常を一緒に過ごしたか?が
疎かになっている気がして仕方がない。
親が子を殺し、子が親を殺す事件が多すぎる気もする。
まあ、そりゃ仕方がないことかもしれんな。
身内であるがゆえに因縁というか、嫌なとこが目について
我慢ならんということもある。
名前も知らん面識も人を殺したくなるほど嫌いになることは
ないですし。
話が逸れちゃいましたが、「こういう風になるだろうな」が
だいたい想像できたので、あまり残らなかったな。
