佐村河内守騒動の顛末 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間

今回のゴーストライターの件といい、ちょっと前の
食品偽装といい、どうしてこうも看板や冠つけると
いとも簡単に騙されてしまうのでしょうか?
日本だけじゃないですかね?
ミシュランガイドが飛ぶように売れ、「太鼓判」「お墨付き」
という言葉があるように、権力側が判断したものにめっぽう弱いのは・・

そうなるのは、あえて辛口で言いますが
そもそも教養が備わってないからではないのか?

自分の頭で考える、思考する能力が低下しているか
はたまたそもそも持ち合わせていないのかもしれない。
所見で全く知らないなら知らないでもいい。
聞くなり調べればいい。
だがそれを、全部鵜呑みにしてしまうのが良くない。
たとえ全員がいいものだと言っていても、本当にそうなのかは
最終的には自分で判断するしかない。
だがやってみると、これが意外と難しい。
100人中99人が「シロ」と言っている中でただひとり
「クロだ」という勇気は、たいへんな労力だろう。

日本人の特性なのか、この「認知的不協和」の中に放り込まれると
判断が鈍る人が多いみたいです。
自分が判断した事象において、あとで間違っていたと判明したとき
「騙された」とは言わない。
大声で叫ぶ奴がいたとしたらそいつは周囲からただ「イタイ」人間
と思われて終わり。
自分の判断が間違えていただけで自分の責任でしかないのだから
文句を言ってはいけないし、言うべきではない。
ただ黙って「授業料払った・勉強になった」と、心にしまっておけばいい。

「騙された」と叫ぶことができる人って結局、自分で判断すべき事柄を
他人に委ねて、それが裏目に出たもんだから文句言ってるだけって
ことだと思うんです。
自分の頭で考えていない、もしくはそのこと自体を放棄している
ただの馬鹿だと言っていいと思う。
自分で思考し決定する、しかし間違えた人ってのは馬鹿とは言えない。
なぜなら自分でリスクを取り、責任を引き受けようとした時点で
ただ「騙された」と叫ぶし可能のない人間よりは1ランク上のはず。
ただ全く同じミスを繰り返したのなら、それはそれで学習能力のない馬鹿
だと言えますが・・・

誰がなんと言おうと、佐村河内守氏の音楽がいいと本気で思ったなら
本当に美味しいと判断したがその後、食品偽装だとの報道があっても
それでも本気でいいものだと自分が判断したのであれば
それはそれでいいじゃないですか。
音になって文句を言うのは、自分的にはどうにもみっともないように写る。

人がなんと言おうと自分がいいと判断したなら、いいと思えばいい。
またその逆の、自分が悪いと思えば、悪いと判断すればいい。
そんなことだから、マスゴミが煽ったものにコロリと騙される。
戦前の朝日新聞などによる「戦意高揚」記事といい、その反動からくる
戦後の朝日新聞などによる「日本悪」記事といい、たとえ自分ただひとり
だけだったとしても「いい物はいい、悪いものは悪い」と言える勇気は
持っていたい。

あくまで「信じたいものしか信じない、見たいものだけしか見ない」と
いった、著しく陥らない範囲内で、ですが・・(^O^)