久々に大作を書いてみたいと思います。
といっても「ジョージ・ポットマンの平成史」の引用・丸パクリなのですが
とても共感する部分が多かったので、紹介しようと思いつきました。
1970年代、S男は75%だったのが2008年にはM男が69%にも増加した
ようなのです。なぜでしょうか?
江戸時代以前にはM男を書いた文学・絵画は皆無、日本はかつては
「S男礼賛文明」だった。
国語教育も光源氏から在原業平などヤリOンの物語の教材が多い。
48手なるものもM男要素は皆無。
SMというのは、西欧のキリスト教と密接に結びついた概念
苦痛に耐えてこそ救われるという意識が広まる。
世界にも例をみない、ドS男礼賛文明を謳歌していた戦前の日本。
しかしそれが、ただ単に性的嗜好にとどまることを知らず
現代に日本に引き継がれる重要なイデオロギーの形成に寄与した事実。
明治から大正にかけて書かれた「壮士芝居」などシンパから派生した
芝居などには拷問が多く登場する。
実は壮士芝居の「壮士」とは、自由民権運動の闘士達を示す言葉。
壮士芝居とは、大衆に民主主義運動を広げるため、当時大ヒットした芝居。
日本の民主主義の黎明期、その啓蒙芝居たる「壮士芝居」には「責め場」と
呼ばれるドSプレイを入れて庶民の関心を得、民主主義を広めようとしていた。
女の責め場を以て、低級の観客に媚びたのが成功したものと云える。
何と、近代日本において民主主義の確立はドS男礼賛文明によって成功した。
戦後GHQの下、性に関する本は封殺されたが、やがて言論・表現の自由が
叫ばれ、SM雑誌が発刊されるも、M的要素はまだ少数。
I原S太郎「太陽の季節」など、まだS男礼賛小説を支持し
昭和時代と通して女性誌などは未だ、M男は異端な存在。
平成時代になると突如、M男が急増、女性ファッション誌にM男攻略法まで
載りアイドルグループにまで罵られて喜ぶ異常な時代になぜなったのか?
バブル崩壊後の平成時代の異状な不景気のせいです。
社会心理学者「エーリッヒ・フロム」は言う。
M男というのは、自由主義社会においては、孤独感と無力感から個人を
逃れさせようとするものであると述べる。
特に戦後日本社会においては家制度や伝統宗教も崩壊し
日本人はますます自由になった。
そんな中、高度経済成長下においては、会社や仕事に忠誠心を出し
奉仕する事で人生に夢も持てたし、精神的な安定も図ることができた。
つまり、もっといい物が食べたい、冷蔵庫、洗濯機、カラーテレビが欲しいと
いう夢に従属することができた。
しかし、景気が悪くなると、会社もいつなくなるかわからなくなる。
将来もどうなるかわかりません。
そうすると、個人は従属するべき「夢」という未来像
その手段である職業での従属感を失います。言いかえれば「自由」になる。
その自由の重荷から、つまり自由主義・個人主義社会ゆえの孤独感から
自分より頼もしい相手に服従したいと思い、それが性の分野にも及んできた。
これこそが、M男の増加の原因。
平成時代、男性の7割がM男化し、ドS礼賛文明が到来しているのは
それだけ不景気が異常な長さで続いているということです。
このまま日本社会のM男化が進むと日本はファシズムに走る恐れがあります。
M男というのは、服従すべき強烈な指導者を見つければそれを支持する数百万の
人々と連帯を得て、孤独や無力感を克服する事ができると
「フロム」は述べている。
「人間という哀れな動物は、もって生まれた自由の賜物をできるだけ早く
譲り渡せる相手を見つけたいという、強い願望しか持っていない」
「カラマーゾフの兄弟」に書かれたロシアの文豪「ドフトエフスキー」の言葉です。
S男礼賛文明の中、ドSプレイが描かれた芝居をエサに誕生した日本の民主主義は
不景気と、それによる「自由」という名のごとくと、無力感により生み出された
M男礼賛文明により、崩壊の危機にさらされている。
ご静聴ありがとうございました。
あ~疲れた(´・ω・`)