昨日の続きです。
思いつくまま書いていると、ダラダラと、とりとめもなく長くなってしまいました。
今日になってもう一つ、合点がいかない点が出てきたので追加します。
著書の中で「裁判員制度」に反対しています。
「人が人を裁く」事に対して、素人が口を挟むべきではなく
「プロが判断」するべきだと説いています。
実を言うと、機会があればいちど裁判員をやってみたいんです。
傍聴にも行ってみたいのですが所詮岡山ごときでは、裁判といえば「離婚調停」
ぐらいで、刑事事件裁判は滅多にやっていないんですよね。
また脱線してしまいましたが、一つ疑問がわいてきました。
プロは絶対、間違えないのでしょうか?
素人は間違えますよそりゃ、ではプロの無謬性は絶対なのでしょうか?
著者は司法に限らず「プロの仕事」というものに、絶対の信用を寄せている感が
文面からひしひしと伝わってきます。
ところが、私はプロといえども間違いは起きるものだと思っています。
例えば、
フィブリノゲン製剤などによる薬害C型肝炎は?
その前の非加熱血液製剤によるHIV感染は?
「足利事件」で誤認逮捕、起訴され、実刑が確定して服役を余儀なくされ
再審請求から6年以上経って、DNA不一致が認められ無罪となった件。
大阪地検特捜部主任検事証拠改竄事件を起こした検事はプロ中のプロではないか?
最近の出来事で言えば、「東電OL殺人事件」でも、冤罪が確定しました。
ホンの一部ですが、これらの事象を著者はどう考えるのでしょうか?
ここでも、「自分は意見を持っていない」と逃亡を図るのでしょうか?
自分は「哲学者のプロ」であって「思想のプロ」ではないとでも
言い逃れるのでしょうか?
だとしたら、「思想のプロ」でもないのに、調子に乗ってこんな本出すなよ!
B層相手なら、この程度でもねじ伏せるとでも思ったのでしょうか?
私同様、「分」をわきまえてください、一介の「哲学者風情」なのですから。
ひとつわかったことは、この人の本は一生読むことはないですね
永久にサヨウナラ。
余談ですがフローチャートでいうと、私は「C層」ですが
最近は貧乏になったので「D層」かも、、、
反ミンスに反自民、反中・反韓に作法としての反米、反TPPに反既得権益
反H下に反A倍と「反」だらけです。
ひとつぐらい「親」を持ちたいです。