4月から長男こうちゃんは、小学1年生になりました。

こうちゃんには自分の部屋がありません。

なので、ピカピカのランドセルや大切な教科書は、妹も自由に出入りできる部屋の机の上に置いています。

特に教科書やノートには、妹たちが落書きをしたりおもちゃにしないように気をつけてはいたのですが、目を離したすきに算数の教科書に落書きをしてしまったようです。それも、油性のペンで!

仕事から帰ると「今日、私が目を離したすきに、のぞんさんにやられてしまったのよ」と言いながら、妻が落書きされた教科書を私に見せてくれました。

その算数の教科書をみてビックリ!!

一部、答えが合ってるんです。

一年生の算数の教科書には、果物や動物の絵が書いてありその数を書くというページがあるんですが、、ちゃんと正解の数字を枠の中に書いてありました。これは、もう落書きじゃない。親ばかではありますが、そう感じました。

その後のページの問題にも、ところどころ正解の数字が書かれていました。

妻が「のぞんさんは、通園施設で数字の勉強してるから、数が理解できるようになってるのよ・・・」と、言っていました。

こうちゃんには気の毒な離しですが、のぞんさんの成長には感心してしました。

こうちゃんには、鍵付きの2段ボックスを買ってあげることにしました。

ごめんね、こうちゃん。


もう少しで、長男が7歳になります。

この7年間で、3人の子供を育ててきたことになります。

時々、昔のことを思い出そうとしますが、「長男のあの時どうだった?」と「長女のあの時どうだった?」とか、思えだせないことも多いです。

まだまだ物忘れには早い年齢ですが、本当に悪戦苦闘の7年間だったような気がします。


長女の難聴が発覚しからも、もう少しで3年です。

難聴発覚後にろう学校教育相談に通うようになり、いろんなことを教えていただきました。

その中に今思えば、どうでもいい体験がありました。

あくまでの個人的な見解です。みなさん、気分を害さないでくださいね。

それは、「難聴疑似体験」というものです。

3~4人で保護者でグループを作り、テーブルを囲みそのうち一人が耳栓をします。

そして耳栓をしてないメンバーがおしゃべりをはじめ、耳栓をしている人は難聴疑似体験になる。数分たって、耳栓をしている人に「どのように感じたが?」「周りの人が何てしゃべっていたか?」というようなことについて感想を話しあうというものでした。

その時は、「聞こえない子供たちの立場にたって、感じることができて良かった」なんて、正直思っていました。

でも、今はそうは思えません。

これがすべてとはいいませんが「障がいを知る」ということは、こういうことではないと思う。


難聴児を持つ親はそれだけで十分。難聴児を持つ親疑似体験」なんて誰にもできないのだから。


今日は振替休暇をとって、二人の子どもと神戸のSTの先生のところへ行ってきました。

今でもセカンドオピニオン的な感じで、半年に1度程度通院しています。

子どもたちの順調な経過に、STの先生も驚かれていました、

さて、自宅から神戸までは。およそ2時間のJRの旅。

心配していた電車内でも、思ったより静かで一安心。

時々掛かってくる、仕事関係の携帯を無視をしながら、久々に読書が出来ました。


あるブログで紹介されていた、山本譲司さんの書いた「累犯障害者」という本を読みました。

なお、この筆者は、北島ファミリーの山本譲二さんとは別人です。

元国会議員のこの人は、秘書給与流用詐欺で有罪になり刑務所へ。

刑務所の中で、多くの障がい者と出会ったことがきっかけで、福祉の狭間で障がい者と犯罪についてレポートされた本でした。

内容は刺激的で問題定義とすれば良いのかもしれませんが、障がい者への偏見を助長しかねないとも感じると正直おもいました。

興味のある方は是非どうぞ。