以下本編。
「僕と契約して黄金のハンバーグを探してよ」
そう言って来たのは、大して仲もよくない、クラスメイトのデブだった。
ランプから出てきた魔人みたいな……いや、あれは少し筋肉質なイメージがあるが、こちらはただの脂肪の塊か。こちらの方が幾分か醜い。
「ほら、地図だってあるんだよ」
デブがぎとぎとな手で、古ぼけた「宝の地図」風の紙を取り出し、ばっと広げてみせた。
なんか、カビ臭いし脂臭い。
「僕と契約して黄金のハンバーグを探してよ」
教室で談笑していた筈の皆が、次第に僕らへと目を向け始める。よせ、僕だってこんなデブに絡まれるのは不本意なんだ。
「また絡んでるよ、あいつ……」
また、ってなんだ。こいつのハンバーグ勧誘は名物なのだろうか?
満面の笑みで地図をひけらかすデブ。
周りの目は否定的だが、僕自身、宝探しはやぶさかではなかった。宝の地図とか、厨二臭いなどと言われるかもしれないが、厨二病発症者の僕としてはロマンを感じざるを得ない。どちらかと、と言わず肯定的だ。
「分かった。協力してやるよ、宝探し」
そう言ってやると、デブはスーパーボールみたいに跳ねて喜んだ。結構アクティヴなデブだな。アクデヴ。
「よろしく、殿谷くん!」
「よろしくな、デブ」
デブはぎとぎとな手で握手を求めて来たが、二つの意味で衛生上よろしくないので、遠慮してもらった。
僕、殿谷一樹(とのや かずき)と、デブ、山川太司(やまかわ ふとし)は駅前に集合していた。
二人で地図を覗き込む。魔眼を封印するためにかけてきた眼鏡をくい、と中指であげる。僕は鼻が低いので、すぐに眼鏡がずり落ちるのだ。
「どうやら、ここがこの洞窟みたいだけど……」
駅前のどこに洞窟があるんだよ。デブが太い指で指し示したのは、
「地下鉄じゃねーか!」
奪い取った地図を丸めて、頭をはたいてやった。すぱーん、と小気味よく音が……鳴るはずもない。こんな古臭い紙切れじゃ。ふぁさん、みたいな頼りない音がした。
「大体、黄金のハンバーグって何だよ。まずそこに疑問を持つべきだったんだ、僕は!」
今更すぎることだった。かと言って、一度引き受けてしまった以上は最後までやり遂げないと、無責任というものである。数日前の自分を呪いつつも、脂で湿った古地図を広げた。
紙の古さより、書き込まれたものは比較的新しいようだ。そのことに気付いた僕は山川に疑問を投げかける。
「僕がネットで見つけたものを、写したんだ」
……要らぬ質問をしてしまったかもしれない。胡散臭さに拍車がかかってしまった。
「というか、ネットで見つけたなら、そのまま印刷も出来ただろ」
「古い紙に手書きの方が、ロマンを感じるじゃないか」
それで騙された僕には何も言えなかった。
「ま、とにかく行こうよ。地図読めないから案内してくれる?」
「お前、見た目通り使えないのな」
改めて、地図とにらめっこを開始する。まずは周辺と照らし合わせて、現在地がどこなのか確認しなければ。とりあえず、山川の言う洞窟の入り口が、地下鉄じゃないことは確かだった。
地下鉄ではないのだが、
「デパ地下だ……どう考えてもあそこのデパ地下だ!」
黄金のハンバーグって絶対あれだろ。財宝的な黄金じゃなくて、価値とか、品位の高さから来る黄金だろ。そんなこと、少し冷静に考えたら分かることじゃないか。ロマンという熱に浮かされた僕を、これ以上なく恨んだ。
とことん無駄足だった。因みに僕は、牛肉が食えない。つまり、目的地に辿り着いたところで、僕には何のメリットも生じないのだ。
「……行こう?」
そう言って、山川は僕の袖を引っ張る。やめてくれ。そういうのは可愛い女の子がやるべきだ。
「分かった……」
こうなったら、さっさと終わらせて帰ろう。そう決意して、目の前にあるデパートへ足を踏み入れた。
入り口から程近いエスカレーターを下り、間もなく地下へと到着する。目的のハンバーグは、どうやら精肉店の横で食すことが出来るらしい。フロアマップで位置を把握し、黙々と歩き出す。
「ここだね」
「ここだな」
ガラスケースにずらりと肉が並ぶ横で、その肉を使用した料理を食べられる、ちょっとしたレストランもやっているようだった。有名な雑誌やテレビで紹介されていて、僕も名前くらいは知っている。
山川は重そうな体の割りに軽い足取りで店内に入り、
「あの、予約していた山川ですけど」
店員にそう告げる。すると店員はにこやかに、
「お待ちしておりました。お連れ様はどちらに?」
お連れ様?わざわざ僕も数に入れていたのか。僕はさっさと帰りたいのだが。
「彼です」
「……ええと」
たちまち店員は、困惑顔に至る。何か問題でもあるのだろうか。
「予約されていたものは、カップル予約限定なのですが……」
問題だらけだった。
「問題ありません」
問題だらけだろ!
山川は真剣な眼差しで、店員に迫る。よく平然とそんな嘘がつけるものだ。僕に被害が及ぶというのに。
「は、はあ。しかし……」
「僕と殿谷くんは真剣に付き合っているんですっ!それでも駄目だというんですか!」
色々と駄目だろ!?
案の定、周辺の空気は凍りつき、次第にざわつきが広がり始める。名前を出されたのでは、僕に逃げ場はない。せめて知り合いは居なかっただろう、という希望にすがって、辺りを見渡してみる。二秒でクラスメイトの女子を発見してしまった。
怪訝顔の女子と目が合っ……逸らされた。うわあああ!同時に、僕の中で何かが崩れ去る音がした。
この後、無事に僕の分を合わせた二食分の「黄金のハンバーグ」を平らげた山川は、
「いやあ、助かったよ。女子に協力してもらおうとしても全員に断られていたし。君なら牛肉嫌いらしいから、二つ食べられると思ってお願いしたんだ。いやあ、美味しかった」
そう言って、ほっこりした顔つきで帰宅していった。
翌日、僕はみんなから「ホモ谷」と呼ばれ、卒業までそのあだ名が消え入ることはなく、当然彼女も出来ず灰色の学生生活を送ることとなった。
その折、山川だけが気さくに喋り掛けるものだから、皮肉なものだと思う。

