Go For  シルバーバック


雲行きがイマイチ怪しいタンジェの町。


国境の町とはいえ、黒人とアジア人の姿は想像よりもずっと少なく、ローカル色が思った以上に強い。
海沿いと旧市街の近くではスペイン語、フランス語、英語で書かれたメニューのレストラン。


そしてカーペットや革製品、アラビックな陶器のお土産屋さんがチラホラ目に付くくらいで、
その数もこじんまりとしたもの。


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挨拶の種類も様々。


「アッサラーム・アライクム」
「サラーム」
「ボンジュール」
「オラ」
「ハロー」
「サヨウナラ」


ん‥?

さようなら??


そう!

なぜかここで日本語で話しかけられるときの8割が「サヨウナラ」
お土産屋のおやじに限っては、店の商品を指差して「ガンバロウ」


斬新。



旧市街メディナに入ると若干迷路のような作りになっている。
道行く人と挨拶を交わし続けながら、ウロウロしていると一人の男が出現。

その名もやはり、モハメッド。



                      トルネコの冒険 ~モハメッドの章~


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探していた展望台に連れて行ってくれるというモハメッド。
最終的な結果はわかってるがローカル案内をしてもらう。


細い路地には、白い壁に原色の窓淵、そして細かなタイルワーク。
なにより白い家々と路地がイメージの中にあったモロッコの姿。

あーだこーだたっぷり時間をかけて、人の家の玄関を意味不明に説明し続ける玄関マニアのモハメッド。

意外に結構良かったり。


久しぶりの『勝手に説明して店に連れて行ってバクシーシ』の流れ。
そして、買わない&お金渡さないと最後にボソボソと汚い言葉を吐きつけてくる流れ。


私決して変態ではございません。

しかし嬉しくなってしまいましたこの非常に勝手な流れ。

案の定、一通り人ん家の玄関を説明して連れて来られた、眺めのいいある建物の屋上。



「Teaはいかが?」


「いらない」


「じゃあ下に行こう」


と、連れられたカーペット屋。


ふざけた会話をして「バカ」と言われ、
早々とカーペット屋を後にすると、独り言をボソボソいうモハメット。

そして、謎のガイド料請求。


「頼んでないからあげない。インシャアッラー」

そしてアディオス。


あの混沌としたアジアの一片がここにもある。
あるラインで線を引かなければいけないコミュニケーション。

だが、何も受けつけず閉ざしていると何も生まれない世界。


また人間の渦に入り込めた。



なんとか金を引き出そうとする人、
茶化す人、
真顔で見てくる人、
ただただ親切な人、
物乞いをする人、
昼間っから何にもしてない人(大量にいる)



そして、
握手をしたり手を振った後に胸に手を当てる人。


ムスリムのこの動作がリスペクトを感じて気持ちが温まる。



中世の香り漂う中でキスを交わす人々の情熱の国スペインがすぐ隣にあるとは到底思えないタンジェの町。






11月3日。


セビージャからバスに揺られること2時間30分でアルヘシラスへ。
そしてジブラルタル海峡を船でモロッコを目指す。



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激しく燃えるような夕焼けがヨーロッパとアフリカ大陸を繋ぐジブラルタル海峡に沈む。

モロッコ・アルジェリア・チュニジアの3カ国を指してマグレブ(日の沈む大地)。

そこに沈む夕日は燃えてた。



モロッコはアフリカ大陸とはいえ、北アフリカその他国と同様にイスラム圏であり、
アラビア文化、大きく4つの民族が入り混じった国。


イメージにあるアフリカの景色とは違えど、初のアフリカ大陸には違いない。

アフリカ大陸が見えたとき、ここまで胸が高鳴るとは思わなかった。



「やっぱり求めてるものはアフリカにある」と。



さてモロッコという国。


アフリカとヨーロッパを繋ぐ国として、大昔から重要な中継地点の役割を担ってきた。

またヨーロッパからのアクセスの良さからか、
サハラ砂漠をはじめとした多様な観光場所、年間300万人の外国人が訪れる観光大国の一面も持つ。

通貨価値はDH(ディラハム)。1DH≒12.5円。


どこから吹いてきたか、巷の噂ではインド、エジプトとともに世界3代うざい民族だと言い張る人もいる。


ありがたや、ありがたや。


船の中にあるキオスクノリの無理やり&即席IMMIGRATION窓口で、

かつてないほどEASYに入国スタンプを押してもらう。



辺りが暗くなった頃、船がモロッコ国境の街タンジェに到着。


いきなり人がわんさか集まってくると思いきや、案外あっさり。
辺りのスピーカーから何重にも重なっているアザーンの声が鳴り響く。


アラブ系の顔つき。
ペンキの剥げた壁。
カフェでお茶しているのは男だけ。
何をしているかよくわからない人。
ハシシと連呼してくる路地の男。

一生投げキッスしてくるおっさん。
くたびれた食堂。
値札のない商店。



近場にある安宿街に向かう途中には、「俺の宿に来い!」とスペイン価格でしつこく勧誘してくる男。


光のある宿のレセプションに、英語で聞く。


「Do you have a room ?」
「How much ?」



帰ってきた答えは、



「▼×@●$~フォンセ?」
「スポンシユャアポンクワッ」



フ、フランス語!!?



ビックリして固まってしもうた。

アラブ系のおっさんがフランス語‥‥全然合わねー!


それもそのはず、
モロッコの公用語はアラビア語、
第2言語がフランス語。
第3言語にスペイン語、英語。


なので外国人に対しては英語ではなくフランス語で話してくる。

やっとスペイン語の数字に慣れた頃にお次はフランス語‥‥。

英語が通じないので、スペイン語で値段を聞いてみるもNG。


なんか頭ん中が、アラビア語、スペイン語、英語でごちゃごちゃになっている最中、
フランス語で返事が返ってくるという信じられない状況に面食らった。


モロッコは言葉との戦いになりそう。


そして、この物価の国ならではの、宿の値切りにも成功して、
いざ部屋を見ると小奇麗にされてはいるが、あのアジアの宿を思い出させる多少くたびれた部屋。


ドアのロックはカギを差し込んで右回りじゃなく左回り、
部屋内のデカイスペースを占めているシャワーは使い物にならず、
別シャワールームにある、おかしな位置に取り付けられたお湯を出すノズル
ベットの枕が何故かクマさんの絵、そしてデザインの向きが逆。


ある時、ヒマそうに仕事しているおっさんにバス停の位置を聞いてみた。


なんでも歩いて40分だと言っていたが、隣で仕事中にYoutubeとオセロをチャンポン
している若者が首を振ると、「15分だ!」と言いなおし、この地図をくれた。


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モロッコで最初に出会った親切な人でした。


いいね‥‥初心に帰れる。

たまらんわ。がんばってこの適当さ。


正確に事がうまく運ばないような雰囲気。
自己判断が不可欠な環境。
与えられるだけではない、アグラをかいてはいられない環境。

ヨーロッパにいた頃の十倍街角で挨拶。



こっちのほうが自分によく合ってるし吸収する事が多い。





マラガから一泊の予定で移ったセビージャのドミにて、ヨルダンで一度会った人と偶然再会した。


「明日モロッコに行きます」


その一声に反応した。

スペインに入って以来、移動が目まぐるしく、ホテルにしても何にしても計画性が大事になってきた。


アジアのように飛び込みで宿を探して、安く、ある程度の質の宿を求めるのは難しい。
さらに現地人から声を掛けられたり、情報なしでオートマティックに事が運ぶ事なんてこともない。


アジア・中東と旅してきて、比較すると、ある意味であっさりしてて干渉が少ないと感じていた。
こちらから積極的にいけば、コミュニケーションは取れるだろうがそんなヒマな人もあまり見当たらない。

世界遺産や見所を知るという意味も含めてここではガイドブックの必要性が非常に大きくなる。

これは今までと明らかに変化のあった部分。


何より計画なしでは時間とお金のロスがあまりに激しいため、焦りという部分が出てしまっていた。
旅のペースと質が大きく変わったのは確か。だがしかし、魅力的なのも確か。


そしてセビージャでフラメンコ見て、最低限スペインで見たかったものの目的は達成された。

まだまだ掘れば出てきそうな面白い文化。

言葉まで変わってしまうほど、地方によって"色"が非常に強く出ている力強い国。


スペインをもう少し堪能しようか?
ポルトガルに行ってユーラシア最西端の岬にでも行こうか?
モロッコに行ってサハラ砂漠に行こうか?


何がしたい?

全部したい。


何を一番したい?

全部同じくらいしたい。



そんな時にモロッコに行くという人に会い、さらに情報まで教えてくれている。


旅って不思議なもんで、
方向性を見失ってるまさにその時に道しるべみたいなものが出てくるなんてね。
自分で決める!って強く思うのも良いけれども、流れに乗るのだっていいと思う。


旅のテーマは、『常にフレッシュ』


無理に楽しもうとする、おかしなスタンスから、
フレッシュな高揚感がまた自然に湧き出てきたのなら結果Allright.


今はそんな流れ。



そんなわけで、行くぜモロッコ!



サハラ砂漠!!