早朝7時、まだ薄暗い中、時計の目覚ましより少し早めに目が覚める。
汗臭い体を勝手に使ったシャワーで流し、エジプト大使館へ行くのに準備万端。


8時前、すべての準備が整い、酒が抜けたノーマルアスと家を出る。


アスが「一緒に行く」と言ってきたが、断った。
彼にはもう謝礼は渡してあるので、ここからさらにお願い事をすると別途請求されるような気がした。


観光客の気配のない道を歩き、大きな通りでタクシーを捕まえ、

アスがエジプト大使館に行く旨を説明してくれている。


一人でタクシーに乗り込み、慌しく仕事に向かうセネガル人を横目に30分、

目的の大使館に9時OPEN15分前に到着。


適当に近場で腹ごしらえして、いざビザ申請へ。

大使館とはいえ、ビザ申請の窓口は小さく鉄格子が張ってある。


「アッサラームアライクム!」元気よく、丁寧なムスリムの挨拶で声をかける。

すると奥から、半笑いで人の良さそうな大使館員。


窓越しでビザ申請用紙をもらい必要な情報を書き込む。

それが終了して、パスポートとともに提出しようとしたら、何かまごついている。


エジプト大使館なのにフランス語しか話せない大使館員がモジモジしてると
奥から英語堪能な威勢のおばちゃんが出てきて、なにやら言っている。


「申請するには、ファシリティペーパーとトランスポートの証明が必要よ!」


ファシリティってなんじゃ?


「あっ!?黄熱病のワクチン証明書、イエローカードね!?
はいはい、持ってますよー!
トランスポートの証明ってチケットの事っすか!?
それは、ビザを取った後にもらう約束なんだけど」


「持ってこないと作れないわよ!」とだけ言っておばちゃんは奥に消えて行った。


そこに残った半笑いの大使館員に、「書類が揃ってたら、すぐにビザはもらえるの?」と、聞くと、



笑顔で、「インシャッラッ」



「いや、だから、申請からどれぐらいでビザはもらえる?」



半笑いで、「インシャッラッ」


「その日にもらえるの?」



首を傾げながら、「インシャッラッ」



※注:『インシャッラ』とはアラビア語で『神の思し召しがあれば』という意味。
   英語で言うなれば「If God want」。
   特にアラビア語圏のイスラム教徒が会話の終わりに頻繁に使う用語。

   都合よく使われているとしか思えない。



にしても自分遊ばれてんすか。。。


また、おばちゃんと他の係員も出てきて、「申請から2日後に受け渡し」と言った後に、
半笑い男と、新たな男が続けて「インシャッラッ」。


じゃ何かい? もし二日後にできなかったら、単に神が受けつけなかったからってか?


あまりに適当に感じてしまうこの返事に苛立ちを覚えながら、大使館を後にする。

ビザを取って、出発が確定してからチケットを再発券してもらう予定だったから、これには参った。


またタクシーで遠方の空港に逆戻りして、Royal Air moroccoのカウンターへ行くと閉まっている。
セキュリティーの人間に聞くと、「夜8時に来る」との事。


これでは、今日ビザ申請するのは無理だ。
うなだれて家に戻ると、アスが待っていた。

事情を説明すると、彼はこう言った。


アス: 「最初にチケットを発券してもらったRoyal Air moroccoのオフィスに行ったか?」


俺:  「NO。なぜなら再発券の約束をしたのは空港窓口のボスだから、それでは話が通じないでしょ」


アス: 「いや、再発券は最初に発券してもらった大きなオフィスに行けばしてもらえるはず」




……



それって、はじめから空港のボスに了解を得なくても、再発券してもらえてたって事では?


そんな疑問を抱きながら、夜8時に来るはずのボスを待つ。

時間になるとアスと一緒に空港に向かった。


Royal air morrocoの受付の前に到着するもボスは来ていない。


諦めて、帰ろうとすると、すでに酒の入っていたアスはどうしてもビールが飲みたいらしい。
帰ろうとせず足は酒屋へ向かっている。


西アフリカの人たちはご飯をみんなで食べる。
なので、「みんな待ってるから帰ろう」と促すも、「2杯だけ飲む!奢ってくれ」と、

言って聞かない。


なにか協力をするとすぐに見返りを求めるこの男。
助けるのアッラーの為ではなく、ビールの為としか思えない。


制止を振り切って酒屋へ。


謎の100$はさておき、飯と宿を提供をしてくれているから、1本140円のビール代くらいは気にならないが、
待っている奥さんとみんながかわいそうだった。
急かして飲ませながら、話をしていると、この男もう一人嫁がいるらしい。


「金はちゃんと渡してるから問題ない。俺は男だ!」と力こぶを作る姿は、

決して見習える姿ではなかった。


そして、その後には「Give me money」とさりげなく言ってくる。
「もうビックマネー渡したろ!」と強く言うと、「だってあれ半分に分けたもん」みたいに

ダダをこねる。


勝手に楽しくなられては、シャクなので、おれもここでガゼルBeerを煽った。


残念ながらうまい!
飲みたくなる気持ちも、こりゃわからんでもない。


急かして飲ませて、帰りに出会ったアスの知り合いとともに家に帰ると案の定、みんな帰りを待っていた。


さすがアフリカン。

よくわからない途中で出会った友人を引き連れて、当たり前に6、7人でたらいを囲み、遅い晩飯。

この日も当たり前に彼の家で就寝。




翌日19日、前日と同じようにタクシーに乗り込み、最初にRoyal Air moroccoのオフィスに行く。

日程変更のお願いをすると追加料金もなく、あっさり変更完了。

うーむ…この雰囲気はアスに頼まんでも、簡単に変更できてたっぽい。


格安航空券でなければ、期限切れの航空券でも変更はしてもらえるのか疑問は残る。

何はともあれ、インシャッラッでビザがもらえるだろう二日後(21日)以降の23日早朝6:30のチケットを
手に再度大使館に向かった。


イエローカードとチケットを渡し、二日後に受け渡しか確認すると、やっぱり「インシャッラ」の返事。
ここまで来ると笑えてきた。


何はともあれ手続きは終わった。


後は待つだけ。



アスの家に戻り、みんなでサッカーアフリカネーションズカップを見て、みんなで飯をつまんで就寝。


期日までに無事ビザがもらえるか否か、それは神のみぞ知る。




インシャッラッ!






part3へ続く~





薬をもらって良くなったはずの体調も一時回復はしたかと思い、
服用を止めるとしばらくして軽い倦怠感が続く。


行動すると、あまりにアグレッシブな物売りの標的にされ、少し外に出るだけでとんでもない疲労感に襲われる。
恐らく、この旅で1位、2位を争うほど疲弊してしまった。


早く出たい。
でなければ、これは後に響く。


そんな気持ちでなんとか取った、17日早朝6:30発、カサブランカ乗換えカイロ行きチケット。
早朝4時がReporting time。


残るセファーフランを考えて、前日の昼3時(チェックアウトを三時間延ばしてもらった)に、
チェックアウトをして、仲良くなった数人の物売りの人と挨拶を交わす。

適当な場所でなんとか時間を潰し、かなり早めだが、

居場所がないので夜10時過ぎにタクシーで空港に向かった。


30分ほどで空港に着くと、そこには両替商人達や何をしたいかわからない人たちでごった返している。
正直、これが帰りだからいいけど、着いた瞬間にこの光景に出くわしたくないなと思うほど、
みんなが出てくる旅行者にギラギラしたいた。



16日夜11時頃。
ここからチェックインが始まる朝4時まで、ひたすら待つことになる。


とりあえず、チェックインカウンターへ通される前にある空港セキュリティー係員に
チケット詳細が書かれた用紙とパスポートを見せると、「レジデンスは?」と聞かれる。
「レジデンス」……何のことかわからずにいると、もう一人係員がきて、「ビザは?」と、言い直してくれた。


エジプトのビザは、事前に調べた情報によると、『空港で取得可』になっている。
それはお隣ヨルダンでも、インドネシアでも同じで、空港に着いたときに取れるようになっているシステム。
特に観光客が多く集まるエジプトにおいては、国境や空港でビザを取れるようにしてる方が効率はいい。
英語で書かれたエジプト大使館のホームページは直接確認してないが、1.2ヶ月前にもその情報は確かにある。


「ビザは?」と聞かれたので、「カイロの空港で取れるから問題ない」と返した。

しかし、片言の英語を話せる男性は、「出国する前に大使館に行け」とだけ言ってきた。



あれ?


これって乗れないっぽい……


そう感じたので、何とか食いがる。



おれ:「政府のホームページによると、エジプトは空港でビザが取得できるという

    ことになっている」 (直接見てないけど、言ってみた)
係員:「大使館に行ってビザを取らないと乗れない」


おれ:「確認してほしい。多くの旅行者は空港で取得している」
係員: 首を横に振るだけ


おれ:「なら、乗り換えのカサブランカまで行きたい。

    日本人はモロッコのビザは必要ない」
係員:「後で」



「後で」とだけ言い残して、どこかに行ってしまった。

待ってる間にネットカフェを見つけて、

カイロの空港でArrivalビザ取得出来る旨の書かれたホームページを探そうとした。


が、でっかく『WIFI』の張り紙のしてあるレストランがあるにも関わらず、なぜか「NO」とだけ言われる。
食い下がるも「NO」の一点張り。

他の人に聞いても、空港付近で使える場所はないという。


流れ悪い。



とりあえず、時間まで待つしかない。
深く眠ってしまったら乗り過ごしてしまうかもしれないので、"朝4時"を強く意識付けてウトウト。

この時知らずに結構蚊に刺されてしまった。
注意力が散漫すぎる。


体力低下の激しさから、完全に眠りについてしまうも、ジャスト4時に目を覚まし満を持してチケットカウンターへ。
多くの人が並び、パスポートチェックとチケット控えの確認をされている。


ついに自分の番が来た。

すると、係員の女性に"ちょっと横で待ってて"とジェスチャーされる。
出発時間が迫ってきて、すべての人のチェックインが終わると、

パスポートの情報を何かの控えに書き込込んでいる。


それが終わると、突然帰り支度をしはじめ、他の係員に終了の合図を出しはじめた。


目の前であからさまに放置されてます。


さらに待たせて、あくびして、説明なし。


久々に頭にきた。


でも怒ってはいけない。

でも主張をしなければ、何も変わらない。


「エジプトに行けないまでも、おれにはカサブランカまで行く権利はある」


もう、バックに荷物を詰め終わり、帰り道を歩き出した係員の道をふさぎながら、チケットを顔の前に持ちながら、
とにかく大声でアピールするも、相手は眠たそうな顔で進み続ける。


係員、その他空港の人に冷たい目で見られようが関係ない。
というかむしろ誰かを巻き込めるようにとにかく騒いだ。


手で払いのけられながら、ついに係員はどこかに消えてしまった。
この時ばかりは反射的に手が出そうになった。


まだあきらめるのは早い。

もう旅に金銭的な余裕なんてどこにもない上に、とんでもない高額チケットをタダの紙切れにはできない。

何食わぬ顔で、セキュリティーチェックの消えた道をつき抜け、Royal Air Moroccoのカウンターに行って
チェックインをお願いするも、一部始終を見ていた係員の返事は、


「セキュリティーチェックがOKを出さないと受け付けられない。

 エジプト大使館へ行ってビザを取ってまた来てください」


「いやいや、あなたは知ってるべきだろう?

 エジプトの空港でアライバルビザは取れるって事を!」


「sorry……」



出発時間30分を切っているが、まだ出発してないし、終わってない。
望みは薄いが英語が話せるInformationの係員に事情を話した。


一応、深刻そうにしているものの、伝えられたことは、
「空港内にあるポリスに行け」、とだけ言い残し、後は我関せず。

周辺を見渡しても、考えられる最後の手段はポリスの事務所だけだった。


バックパックを担ぎながら、息を切らしポリスの事務所の前でとにかく適当に騒ぐ。

お偉い服を着た、ポリスは忙しそうに誰かの対応をしていて、こちらの見向きもしない。

とりあえず、関係なく中に突っ込もうと思ったとき、首から身分証明書をぶら下げた空港内の
セキュリーティー兼何でも屋みたいな係員の一人が反応してくれた。


「OK、I help you」


「please! I have tichet!!」


時計を見るとすでに出発時刻。

現実的に考えてもう無理だったが、とにかく藁にもすがる思いで、落ち着いた様子の男について行った。

すると空港内の二階にある、Royal Air Moroccoの事務所の前に連れて行ってくれた。


しかし、時間は午前6:30で事務所にはやはり誰もいなく、電気が消えていた。
人気のないその事務所の前で、男は明日また来てみて、ここのボスにトライしてみると言った後、
最後にぎこちない英語でこういった。



「Um……Give me money」



レシートや領収書のないやり取りを賄賂と呼ぶならば、これは立派な賄賂請求。



「How much you want ?」 と聞くと、


「100」と男は言った。



ここではUS$はメインではないので、100はユーロの事だと察した。


続けて、「I have only 50euro.」というと、男はなんともやる気のない顔になったのを見て、

この反応は彼の許容範囲外だと感じた。


ここで彼のアシストを逃すと、また一から航空券購入で7万5千円分のおかわりになりかねない。
航空会社に行って、無料で日程変更できるなんて考えなんてまったくなかった。
鉄は熱いうちに打て!!


「わかった。もしチケットをタダで交換してもらえるなら、100$でどう?」


彼の表情は一気にやる気に溢れ、「I help you」。


まったく現金な奴だ。

はっきり言って100$と100ユーロはえらい違いで、日本円にして約4000円もの開きがある。
"100"という響きにこだわりを持っていた彼にとって、それは大きな差に感じなかったように思える。


彼が、「ここからすぐ近くの私の家に泊まる事ができるが、ホテルに泊まりたい?」

聞いてきた。そのセネガル人と離れたらもう会えない気がしたのと、コストを抑えたいのと、危険なニオイがしなかったので、

「家に行く」と主張し、彼の家に向かった。


彼の仕事が終わる、朝8時まで空港で待ち、帰り支度のできた彼の後をついて行く。
乗り合いタクシーに乗って3分で下車、一般の人で賑わう、のほほんとした地域に彼の家はあった。



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ドアをノックして中にいたのは、フランス語ではなく英語を話すナイジェリア人がドアを開けてくれた。

中に入るとびっくり。


広くきれいな居間に大きめのテレビ、使われていない部屋が一つ。

なんたる居心地の良さそうな家だとこ。


荷物を降ろし、疲れきった体をベットに沈めた。



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昼頃、話し声で目が覚めて居間に顔を出す。

今回、話をした空港係員の男の名前は"アス"。


そして、同じような境遇で、
イギリスから届くはずのドキュメントを待っているナイジェリア人がこの家にいる。
(なぜか初めはリベリア人と紹介してきた)


アスが慌しく、電話のやり取りをしている。
彼は、おれの問題と、書類不足で出国ができないナイジェリア人の問題を急がしそうに電話でやり取りしていた。


すると、アスが突然、「今、ボスが来ている!空港に行くぞ」と言ってきた。
あわてて着替え、空港に向かった。


玄関に立つ軍人に挨拶を交わし、Royal Air moroccoの事務所へ。

中には、黒人ではなく、地位の高いらしいアラビア風の男が座り、

「何かありましたか?」と形式的に質問をしてきた。


事前にアスがおおまかな内容を電話で話していたのは知っていたが、状況を簡潔に説明し、
「チケットを交換したい」という旨を伝えた。


すると、なんともあっさりあっけなく"OK"が出た。
すぐさま、空き状況を調べてもらうと翌日の夜にでもフライトの空きはあるとの事。


「明日の朝、あなたはエジプト大使館でビザを取って、

 夜のフライトには乗れるようにしましょう」


そんな超前向きな返事にすっかり安堵した。


「Thank you so much. I will come back after I get Visa」と伝え、事務所を後にする。



事務所を出ると、心から安心した様子のおれにアスは、

「Now you happy? happy?」とうれしそうに話しかけてくる。

そして、英語で説明が難しそうだったが、

「私が助けるのはアッラーの為、アッラーが見ていて自分に良い事が降りかかる為」

のような事をうれしそうに話していた。


おー!かなり疑ったけど、結構真面目な奴じゃーん、と

思いながら二人で笑っていると、突然思い出したようにアスがこう言ってきた。


「あっ! Now give me money OK ? because I give boss money」


思わずノリツッコミしそうになったが、

柄にもなくクールを装い約束なので100$を渡し、その足でアスは事務所に向かっていった。

どうやら100$はボスと半分半分のようだった。

これが金で解決するアフリカの生々しい側面。


金が入ったアスは、家に帰る途中に酒屋でビールをがっつり買い込む。
僕の分まで奢ってくれるとはなかなか気前のいい奴(というかさっきまで私の金ですけど)。


家に帰ると、基本は厳禁(神を忘れる為)のムスリムらしからぬ飲みっぷり。
翌日、大使館に行く金がなかったので、ATMの場所を聞くと、案内すると言い張る。


めんどくさいぞ、アス!


ATMに案内した事をいいことに、帰り道にはビールをおねだりしてくる。


さっきまでの羽振りの良さはどこへいった?

酔い潰す為にビールを数本調達し、家に向かう。


後は、明日朝一番で大使館に行くだけ。

ついに、出発できる準備は整った。


完全に酔っ払ってるアスを避け、夜7時、疲れの限界と久々のビールが効いて、あまりに早い就寝だった。






part2へ続く……






某ガイドブックより、アフリカ4大危険都市にランクインしているというダカール。


大きな建物、きれいな外観をしたレストラン、舗装された道路、スーツを着たアフリカン。

第一印象は、華々しい発展途上の都会といったところ。


しかし、環境に慣れいろんな通りを歩いているうちにすぐにバランスの悪い環境に気がつく。

表面上は華やかでも、少しはずれにいくと、くたびれた外観が目に付く。

表は良くても、裏はイマイチ。

欧米モデルの都会を追いかけるには、やはり無理がある。

とはいえ、ここは紛れもなくアフリカ有数の都会。


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ダカールに来て苦労したことは、食と宿。



食に関して。


"地元の人と同じものを食べる"、というスタンスで旅をしている僕としては、ここでの食事はほんとに苦労した。

ビルや代理店、商店、お土産屋などきれいに区分けされ計画的に整備された地域には、屋台の居場所があまり多いとは言えない。何件か発見出来た屋台でも、前評判と違って食のバリエーションは少ない。

とはいえ、セネガル人が溢れているダカール。うまいものがないわけがない。


真剣に飯センサーを張りめぐらせ、行き着いたのは、やはりマーケットの傍。

アフリカンママがバケツにタライに炊き込みご飯やらいろんな味のソースをこんもり蓄えていた。

炊き込みご飯は意外にも醤油味っぽいし、その他のぶっかけソースもアジア人ウケする味付け。

味が濃いという面だけ除けば、すごく味覚の感覚が近いなと思った。


夜になるとほとんどの屋台は閉まり、肉とたまねぎを煮込んだ薄い照り焼きのような味付けのサンドイッチ。

これぐらいの選択肢しかなくなるのがちょっとつらかった。

値段もマリの倍近く。

それでも地元の人は毎日同じサンドイッチを食べていると思うと、外国人向けのレストランばかり増えているこの街では働き盛りのセネガル人にとって生活しやすい場所とはいえないと感じた。




宿に関して。


安宿という概念はあるのかないのか、とりあえず一泊10000cfa(2000円)から。

バックパッカーにとってこれは長期滞在しずらいという理由には大いになる。

宿が高いところ恒例の、「おれの家泊まりな!アフリカンハウスだぜ!ノープロブレム」の合わせ技による口説き文句が始まる。恐らく宿の半額位の相場となるだろう。


今回は、中心部で飛行機の手配やらやることが多かったので、その周辺で最もリーズナブルな宿に泊まった。

クリスチャン系のその宿。

後で気がつけばそこは地元で有名な売春宿。

うーむこの街…相性が悪い…早く航空券getして出たいぞ!



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整備された道路と、たくさんの航空券関連の代理店。


陽気な人々としつこい物売り。


サイドミラーがないタクシーとピカピカの自家用車。


強風で倒れそうな屋台と欧米人で溢れたレストラン。


スーツを着たビジネスマンと路上に座るタバコ売り。



格差があからさまで、なにもかも対照が際立つ街ダカール。



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ダカールの物売り事情について。


この街で一番目立っていて、一番多く絡んだのが、路上物売りの人達。
その数は、モロッコ、モーリタニア、マリを圧倒する。


街の中心を行動していただけに、毎日それをかわすのが本当に大変。


角を曲がれば物売りのアピール。

交差点を超えれば物売りのアピール。

立ち止まればすかさず物売りのアピール。


特にこの辺り特有の「スーッ、スーッ、スーッ」という呼び方に結構うんざりしてしまう。


街の中心街を歩こうものなら10秒おきに声をかけられ続ける。

フレンドリーにしていても、「よし、見るだけ俺の店に来ないか?」という流れになる。

そうじゃなくても、仲良く話してても必ず最後にはお金にならない事はまずない。


外に出るのが嫌になったりもした。


ダカールに来るのが、黒人さんに慣れた頃で本当に良かった。

ブラックアフリカに"怖い"という先入観を持って上陸したてでこの環境に身をさらしたならば、

どれだけストレスが溜まるか計り知れない。

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                      <車のシートを一日中売る男>


彼らが売っているもの。


一番は、なんといっても携帯電話のリチャージカード売り。

これをテープで何枚も繋ぎ合わせて、大きな盾のようにして街を練り歩いている。


ある日、一人のリチャージカードマンを観察してみた。

すると彼は視界に入ったすべての人に声をかけ、それを一日中続けているようだった。

もちろん、ライバルの多すぎるこの商品が売れている様子を見たことがない。


その他にTシャツ、楽器、ブレスレッド、布、絵……。

バリエーションが結構あると思いきや、みんな揃って同じものを売っている。

何か工夫して自分だけのアイデアで勝負という感覚はあまりないように思える。

そして、そのほとんどが観光客向けの商品。


大きなお金が落ちるのは観光客から。

その意識があまりに強すぎるが故に、少数の観光客の争奪戦に自然と巻き込まれる。

ここでの生活には、気の長さと大らかさが何よりも必要だと感じた。


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人だかりが出来たと思ったら、この中の9割は街の物売り。


これが意味するのは、この街は仕事にあぶれている路上物売りと

店へ連れ込む為の勧誘の人達で溢れているということ。
物売り、勧誘する人のほうが旅行者よりも、ビジネスマンよりもダントツで多い。


仕事を期待して出稼ぎのつもりで、よその国や田舎からダカールに出てきても、

供給過剰のこの環境では彼らのジレンマは大きい。


そして、一日何十回も彼らの勧誘を断り続ける旅行者への負担も大きい。


あるセネガル人曰く、「ダカールにはもう仕事はない」 とまで言っていたの印象的だった。


これが今のダカール。


ここから格差が広がり続けていくのは目に見えている。



この環境。


はっきり言って一日でも早くダカールから出たかった。


日中は35℃を超えるなか安い航空券を求めて歩き回り、その度に過剰な視線を浴び、

物売りの執拗なマーク交わす。選択肢の少ないため毎回まったく同じものを食べ、スーパーに買い物行っては大きな札を出すとレジに過剰にキレられ、外に出ると今度はタクシーの勧誘。

疲れきって知らずに泊まってしまった売春宿では心から休まることもできず。

夕方、晩御飯を食べに外に出ると何者かが勝手にガイドをしはじめて、無視していても「最後に金を出せ」と言われ追いかけられる。服を捕まれたりして、また宿に戻る。体調も思わしくない中、考えるのは航空券の事ばかり。

嫌なことあったときにも、ふざけあえる現地の人達もほとんどいない。



こんな修行みたいな時間を過ごしていた。

完全に相性悪い。



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                        <ふざけあったセネガル人>


いろんな意味で追い込まれ、何もかもうまくいかないダカールでの日々。


そんな中、一緒にふざけ合えた三人のセネガル人のおかげで精神的に助けられた。

物売りで話していても商売を忘れないが、その適当ぶりが面白くて、セネガルで心から笑えたのは彼らと一緒の時だった。


もう一人、手がうまく動かない路上に座り込んでタバコと飴だけを売っているおじさん。

会話がなりたたなくても、気持ちで通じ合えたおじさん。


彼らがマイナスだらけのセネガルの印象を変えてくれた。

その国が好きになるも嫌いになるも、決め手はやっぱり出会う人。



ここでの経験が、アフリカの旅に深みを持たせてくれた。



やっぱりブラックアフリカ、一筋縄ではいかない。



やれやれだぜ。