ここしばらく忙しかったのですが、何とかブルーバックスの「高校数学で分る フーリエ変換」という本を読む時間をとることができるようになりました。

フーリエ変換といえば、理系の大学生や振動系の研究に携わる人々にとって必須であるにも関わらず、教えるのが下手な人から教わると、最初から挫折してしまい、社会人になっても何となくFFTを使いこなすのが関の山となってしまいがちです -私のことですけどね...

私が一生懸命遊びに呆けていた、丁度同じ時期に、この本の筆者は同じ大学の中で研究にいそしんでいたとは・・・頭が下がります。教え方を知らない助教授に代わって、どうして頭の悪い私に教えてくれなかったんですか? 竹内先生!

ということで、遅まきながら勉強している最中ですが、フーリエ変換に手こずっている貴方、この本は本当に分かりやすいですぞ。
表題通り、積分と級数さえ知っていれば、高校生でも分るでしょう。

今住んでいるところからコンサートに出かけるのがなかなかに大変なこともあって、そういう私にはBS NHKのクラシック・コンサートは楽しみの一つになっています。

かなり前になってしまいますが、庄司 紗矢香さんのヴァイオリン・コンサート -昨年の11月にサントリーホールで収録されたもの - を拝聴しました。

彼女に関しては、その華々しいデビューこそ知ってはいたのですが、売上至上主義のような初録音が嫌で、ついついこの放送まで聞き逃していました。早いもので、デビューから10年以上も経っていたのですね。

さて、その演奏ですが、「クロイツェル・ソナタ」の最初の一音を聞いた瞬間に背筋が凍りつきそうになりました。ベートーヴェンがヴァイオリンの魅力を最大限に活かすべく作曲したこの曲の魅力を、隅々まで汲み取ろうとするかのように、時に繊細に、時に力強く、そしてどこまでも美しく響かせます。強弱のつけ方から歯切れのよいピッチカートまで、まったく気の緩みのない集中力で、小さな楽器から波動を柔らかく、果てしなく広げていく姿に、かつてのあどけない面影はありません。

テンポこそは非常にゆっくりとしていますが、この表情の深さと構造の見事さは例えようがありません・・・ふと、この立派な構造は、どこかで耳にしたことがあると思い当たったのが、エミール・ギレリスによるベートーヴェンのピアノソナタ31番です。わずか20代半ばの彼女は、すでに大ピアニストが達した領域に足をかけるまでに至っているのだ、瞬間的にそういう思いが心をめぐりました。

第三楽章に至って、何とも言いようのない高揚感で心が満たされていくことに気づきました。そして、彼女が最後の一音を弾き終えた瞬間、観客席の観衆と一体になって心の中でブラボーを連呼している自分がいました。

是非とも、次回はコンサート会場に足を運びたい、そう思わせるコンサートでした。


ベートーヴェンの後期作品群に負けず劣らず好きなのが初期の作品群です。2番、3番、4番はもちろん、11番などもたいへん興味深く聴いていますが、なかでも、グルダはこの辺りの作品を本当に楽しそうに、そして、ダイナミックに弾きこなします。

先日、仕事でドイツに行った時も、機内で初期の作品群を繰り返し聴いていました。
バックハウスなども、8番までの作品に対しては、齢を重ねたピアニストが、おもちゃを与えられた子供のように無邪気に楽しんでいる様子が目の前に浮かんできて実に好ましい演奏です。
初期の作品群には、そういった純真な心で楽しいと思わせる朗らかさを湛えている曲がそろっており、そこが魅力の一つなのだともいえます。

さて、バックハウスでさえ楽しみながら弾く初期作品のはず・・・ですが、11番くらいになってくると、徐々に無味乾燥になってきます。
1番から順番にバックハウスばかりを聴き続けてきた僕自身が同氏の演奏に少々飽きてきたのか、それとも氏が11番あたりの作品にあまり興味がないのでしょうか・・・。

実は、そのあたりの判断は難しいのですが、そんなときでも、グルダの演奏は、燻ぶりがちになった僕をもう一度ワクワクさせてくれることは確かです。
もっともグルダばかりを聴き続けていると、今度はギーゼキングで聴いてみようという気になり、再びバックハウスにもどるというループがいつの間にか出来上がってしまいました。

困ったもんだな・・・。