私が故ピアニストであるフリードリヒ・グルダを贔屓にしていることは、これまでにも述べてきたとおりですが、ワルトシュタインにおける音楽性は氏の演奏の中でも際立っていると考えるのは贔屓故のことなのでしょうか。
ともすればグルダの速弾きだけに目を奪われがちですが、実はゆったりとした大きな音楽性豊かなうねりの上で指が踊っているところに、この演奏の天衣無縫ぶりがあると思うのです。
さらにグルダはテンポ・ルバートという手法は極力使いません。その代わりに、デュナーミクを最大限に活かした演奏をします。耳をそばだてるような弱音から一気に音のマスだけを増大させたり、駈け出したりと様々に工夫を凝らしながら、聴く者を決して飽きさせることはないのです。
決して、一部の評論家が言う「ジャカジャカ鳴らす」演奏ではないのです。
とはいえ、純粋にワルトシュタインを誰の演奏で聴きたいか、と問われれば、今の私なら「それならバックハウスです」と即応するでしょう。
この演奏におけるバックハウスの入れ込みようにはただならぬものがあり、とにかく、すばらしい造形美だと感じ入っております。
もしかしたら、ギレリスの演奏の方がバックハウスよりも好みである可能性はありますが、未聴なので何とも言いようがないですね。この判断には少なくとも、あと数か月はかかることでしょう。
ともすればグルダの速弾きだけに目を奪われがちですが、実はゆったりとした大きな音楽性豊かなうねりの上で指が踊っているところに、この演奏の天衣無縫ぶりがあると思うのです。
さらにグルダはテンポ・ルバートという手法は極力使いません。その代わりに、デュナーミクを最大限に活かした演奏をします。耳をそばだてるような弱音から一気に音のマスだけを増大させたり、駈け出したりと様々に工夫を凝らしながら、聴く者を決して飽きさせることはないのです。
決して、一部の評論家が言う「ジャカジャカ鳴らす」演奏ではないのです。
とはいえ、純粋にワルトシュタインを誰の演奏で聴きたいか、と問われれば、今の私なら「それならバックハウスです」と即応するでしょう。
この演奏におけるバックハウスの入れ込みようにはただならぬものがあり、とにかく、すばらしい造形美だと感じ入っております。
もしかしたら、ギレリスの演奏の方がバックハウスよりも好みである可能性はありますが、未聴なので何とも言いようがないですね。この判断には少なくとも、あと数か月はかかることでしょう。
