出雲から帰ってくると、オオクニヌシは言いました。
いいかい。
これからキミは、自分自身の運を開いて縁を結ぶんだよ。
それは巫としても、私個人として申し渡されたことでもあったのです。
そうして、オオクニヌシの神さまレッスンは
始まったのでした。
◆レッスンについて
縁結びの神であるオオクニヌシ(大国主神)は、神事(かくれたること)を司る神さまでもあります。
かくれたることとは、すなわち運や流れのことを指します。
縁を結ぶのも運を開くのも、いかに「自分にスナオになれるか」がカギ!
自分の気持ちにスナオになることでチャンスを掴んだり、正解のない中で答えを導き出す直観が働くものなんですね。
ですが、「縁がほしい」「流れを変えたい」と望みながら「こうあるべき」という固定観念がジャマをすると、せっかくのチャンスを逃してしまいます。
あるいは諦める気持ちが強いと、いざ望んだものが来ても「自分に相応しくない」とためらい、幸運をスルーしてしまいます。
そのたびに、オオクニヌシはこう思います。
自分がっ、自分が望んだんだよね!?
持ってきて流すってどういうことかなーっ?
「コレじゃない」じゃ、ないんだよ。
その先に願いが叶うんだよー!!!
頼むから
来たものには、
もっと貪欲になってくれー!!
縁結びの神さまの苦労が偲ばれます。
とくに「自分一人でなんとかしなきゃ!」「きっちり役目を全うしなきゃ!」という責任感の強い頑張り屋さんは、とかく運や縁を掴むのがヘタクソなようです。
そういう人こそ報われてほしいからー!!
純粋な気持ちにスナオになること
世の中の「然るべき」ではなく、直感に従うこと
好奇心や直観を活かして、人生の歩みを信頼すること
それは「人や社会の中で責任を持つこと」とも両立できます。
そういう人こそ、運を開き、また縁を結びやすいですし、また彼が見たがっているのは、そんな人の純粋で正直な姿です。
縁を結び、運を開くことで、あなたはもっとラクに人生を開拓できることをオオクニヌシは知ってほしいと願っています。
レッスンでは、オオクニヌシから「縁結び」と「開運」の後押しを届けて頂きます。
縁結びは、モノ・コト・ヒトや情報とあなたを結びつけるもの。
そこには「あなた自身が何を愛するか」が関わっています。
開運は、自分自身の動機付けや行動にも関わるもの。
「本当に求めているものは何か」をド真ん中に置くことで、開いてきます。
レッスンで、一体なにが起きるか?
それは、受けた人にしかわかりません。
何せ「かくれたる縁を司る神さま」です。
結べる縁も、開く運も人それぞれですし、タイミングによって異なります。
どのような形で「それ」がやってくるのか、全く想像がつきませんし、辿りつくゴールもまた、ご自身のみの知ることなのです。
これまでも神さまの後押しで「わからない」ことは多々ありましたが、ここまで「わからないことだらけ」なのは、私自身も初めて!
まるで、彼にこう問われているかのようです。
それでもボクと自分自身を信頼できるかい?
人知の及ばぬ縁を司る、彼の後押しをただ受け取り、受け入れること。
「イエス」だけが、彼の力を受け取る唯一の道なのでしょう。
受け取る側としての私も正直、少し怖い気持ちもあります。
けれど、受け取りきったその向こう側で、文字通り「運を開き、縁を結んだ先の自分」は、まるで今とは全く違う世界が見えるように思うのです。
そんな大国主神による、自分だけのオーダーメイドなレッスンは約半年間続きます。
半年間の中で、現実や社会の外側や裏側にある、自分だけの道を「受け入れる」ことも含めて、運を開いて縁を結ぶ流れへと誘ってくれるのでしょう。
まるで、暗中模索の歩みのように思えますが、一人きりではありません。
月に一度お届けする大国主神からのメッセージは、そのために必要な課題やアドバイスを送ってくれます。
現状、状況の整理、新たな視点、別の観点・・・
メッセージを入り口として、心を整理しながら、なだらかに縁が滑り込むような後押しを届けてくれます。
「運を開く」のも「縁を結ぶ」のも、その意味はあなた自身にしかわからないもの。
静かに開く、新たな人生のあり方や自身のありようを神さまの力を借り受けながら、自分自身の手で掴んでみませんか。
その先にあるのは、自分自身の人生の選択や方向性を「全て知っている」あなただけが、たどり着ける場所なのです。
◆こんな方にオススメです
「委ねる」「信頼する」ことで流れを掴みたい方
なぜかピンと来た方
強く惹かれるものを感じる方
大国主神とご縁を感じる方