9月は何かと停滞や保留、または突然の災難や別れに見舞われたり、何がなくとも漠然とした不安にうっすら包まれる空気感が印象的でした。

傷つかない人生なんてないし、何もかも順調な毎日が続くわけではないとわかっていても、いざ自分の身に降りかかるとなると、避けたいものですよね。


そんなモヤモヤした状況に身を置かれていた人ほど、今月は爽やかな気分が戻ってきます。
中には、自分にしかない答えをようやっと見つけ出せる人もいます。


ただいまリアルタイムで満月時間なので、空気感の変化を感じられるのは明日以降になります。

逆に今は、感情の揺れが激しくて穏やかさを取り戻すのに四苦八苦しそうですが、こういうときこそ感情を感情をがむしゃらに解消しようとするのではなく、「そんなときもあるよね」と、そのままでいることに耐える練習をしておいた方が得策です。


中には、傷を手放すこと自体を恐れている事実に直面する人も出てきそうですが、出てきたということは癒せる準備ができた、という合図でもあります。


それこそ、感情は長く続くものではありません。
どんな痛手を負ったとしても、その傷に囚われずにいる限り、癒せるものです。

少しでも心地よさを探して、浮上するとはいかないまでも、低減できるようになれるといいですね。




つい先日、神さま回路クリアリングで、神さまがこんなことを仰っていました。


役目を手放すことは何者にもなれない自分でいることではありません。

等身大の自分から進んで、何も気にしないこと。
誰にも気にかけられない、孤立することではありません。


担う役目が、自分で負ったにせよ、押し付けられたものにせよ、いつの間にか私たちはその枠組みを自分のものだとして昇華していきます。

そして、いつしか役目から解放されることに恐れを抱きます。
既に終わっているにも関わらず、自分でしがみついていれば、流れは滞ります。

自分で役目を担うと決めたことであっても、その動機が何かを失う恐れから来ているのであれば、やっぱりどこかで行き詰まるものです。

「その役目のない自分」には価値がないとか、手放すには条件や誰かの許可がいる、と思い込んでいると、次の流れは入ってきません。
自らその役目、あるいは担う上での動機を見直し、場合によっては「手放す」ことも、ときには必要なのです。


思い通りを期待する、自分の「思い」を手放したら、あなたはすぐに気づくでしょう。
その思いに囚われていたからこそ、思い通りにならなかったのだと。

自分や他者、外界に対する条件を見直したとき、思いのほか「自分の気持ち」に囚われていることに気づきます。

「こうであらねばならない」
「それでなくてはいけない」


そんな自分の枠組みや固定観念、あるいは定義は、全て自らのうちで作られたものであり、現実にはない幻想に過ぎません。

でも、手放せない自分はダメなんだ、と非難する必要もありません。
気づいた上で、まだ共にいることも、手放すことも自分の選択が可能なのです。
ゆっくり、自分のペースで見つめてくださいね。


何を選ぶにせよ、自由はあなたの手の内にあります。
どんな形でも「愛」があります。
だからといって、維持する必要はありません。

なぜなら、手放すことも「愛」だから。
ご期待に添えずに、自分だけが前に進むことになろうとも、そして留まる人がその意味を知らずとも、自分が知っていれば、それで十分です。


力強く、進んでいきましょう。
今は追い風も向かい風も、ただ涼しいだけです。

私の答えを現実で正解にしていく。
その意志が流れとなり、現実で形になっていくスピードが加速する一ヶ月です。



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週末は、なんだか気づきが加速した2日間。

たとえば、「自分の恐れていたことは現実にならない」とわかったり、「失敗してもいい」と自分を許せたり、「『役に立つ』って必ずしもヒトの期待に応えることとは限らないな」だったり。

言葉にすると一つ一つは取り留めのないことなんだけど、それをアタマで理解しても、感覚に落とし込むまでは深い溝がある。
「わかっ」て、それが埋まると気分爽快だよ。

それだけで根本的に何かが解決するわけではないにせよ、悩みを一つずつ減らせば軽くなるし、そうして次の段階へ、あるいは流れに乗せられることってあると思う。


それもこれもまた、ちょうどいいタイミングでヒトとの出会いによって、もたらされた「情報」で、そういえば風が司るのは、そういった情報なんかも含まれているな、と思った。

相変わらず、どこ吹く風でいるけれども、ちゃんと仕事は果たしてくれているようで、こちらとしては大助かりしている。


…なんて話も、これまでは理解されないと決めつけて「伝えてもムダ」と出していなかったんだよねえ…。

ナニがムダかなんて、私が決める必要ある?
読んだ人の何人か、あるいは一人でもどっかで何かしら響けばいいんじゃないの?
で、そんなの私が知らなくてもいいわけで。


「反応を気にせず、なんでもいいから好きに書く」のを自分に許したら、意外と出てくるもんだな。

さて、本日は寝て起きたら中秋の名月を迎える。
お月見団子を用意したから、いい月が見られそうだ。



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「記事を書かないモード」が長すぎて、これはいかん、エライコッチャとやっとこさ危機感を覚える。

コンディションが回復してから…なんてアタマの中は書かない言い訳をつらつら述べるものの、そんなモノに耳を貸してたら埒があかないので、もうなんでも書くことにした。

たとえば、最近はまた眠れない日が続いているので、昨日は夜更かしがてら、栗の皮を剥いていた、とか取り留めのないことを。

てっぺんを十字に切って圧力鍋にかけると、思いのほか剥きやすくなることがわかった。
ネットの知恵、さまさまだ。

ペリペリと力を入れて皮をむしっていると、なんだか自分が丁寧な生活をしている気になるな…と、そう思ったのもつかの間、皮の一片が爪の間に入り込んで、ちょいと柔らかいところで血が出た。

ピンセットのない我が家なので、真夜中にヒヤヒヤしながら、爪切りでなんとか取り除くことに成功。
こんなことで、朝から皮膚科に駆け込むのはイヤだ。
それ以前に痛くて眠れないから、きっとゴキゲンが急降下していたかもしれない。

「丁寧な生活なんて、お前にはまだ早い」と言われている気がした。


気分に波があって、常にゴキゲンでいるわけにはいかないにせよ、不安や苦しみの中にあるとき、少しでも心地よくできることを考えるようになった。

以前は解消するために他のことをして避けていたけれど、なんせ今は剥き出しの感情がそのまんま出てきていて、結局はまた元に戻ってくるもんだから、今は共にいることにした。

「今は落ち着かないんだね」
「今日起きた出来事で、過去の記憶を想起して、恐怖心が湧くんだね」
「そのままでいよう…と、思うけど難しいなあ。ま、いっか」

そんな風にして、受け止めつつもそこには対処せず、あくまでも今の自分の居心地の良さを維持することに注力し始めた。

そうすると、少しずつ「今ここの現実で、過去と同じようなことは起きない」ことが、感覚としてわかってくる。
何かや誰かのせいにしたり、逆に自分を貶める必要がないとわかる。

それができなかった頃は、どれだけアタマで「違う」とわかっていても、心が追いつかずにただただ震えているだけで、落ち着くことすら時間がかかった。

今は何が出てきても、ある程度は対処できるようになってきたし、「反動」が来るのも折り込み済みなら、こうして冷静に書けるようにもなった。

長い長い、生きる動機の刷新は、こうしてちびっとずつ成果を見せている。


ところで今度は、むき栗の使い途に悩んでいる。
冷凍庫に入れたけど、あんまり長く置くのも気が引けて、栗ご飯か栗ペーストにしてパンに塗るか迷う。

こうして、自分の余白を少し取りながら、今は蒸した鶏が冷めるのを待っている。



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「陣太鼓」「武者返し」で有名なお菓子の香梅は、季節限定の和菓子も人気。


写真だと、あんまりお餅に見えないんだけども…。

こちらは毎月一日限定の「初餅」。
毎月違う種類が違い、ファンも多いので予約必至。

今月は古代米を使った「黒米餅」で、以前から狙っていたものの、すっかり忘れて気づけば前夜。
あわてて当日の朝に電話をかけたら、コールは鳴るも繋がらない。

チケットぴあか何かかな!…と思いながら諦めずに粘り、なんとか確保した。
昼過ぎに引き取りに行ったら、既に売り切れ。

「接客で出られないこともあるので、前日の注文がオススメです」と言われたんだけど、思い出したのが前日の真夜中だったもので…。

むしろ、こっちとしては「思い出させてくれてありがとう、神さま」な気分だった。



ちょうど馴染みのバーのマスターに「店で出すスイーツを試食してほしい」と言われていたので、これ幸いとばかりにお店に持っていった。


カボチャのパウンドケーキと、黒米餅の組み合わせはなかなかないと思うんだけれども、いかんせん消費期限も一日限りなので仕方がない。
一人で食べるには数を持て余すし、翌日でもきっと、食べれることには食べれるんだろうけれど、たぶん硬くなっているはず。
美味しいもんは美味しいときにいただくに限る。


パウンドケーキは、カボチャの素朴な甘み。
黒餅も、これまた上品な甘さ。
お酒のお供には物足りないかもしれないけれど、コーヒーならこれで十分。


そもそもオーセンティックバーは敷居が高いイメージがあるし、お酒が飲めないとダメなのかな、なんて思うけれど、意外とノンアルコールでも楽しめたりする。

以前、若い人が入ってきて牛乳を頼んだそうな。
なんでも映画に、そんなシーンがあったらしい。
面食らったものの、お出ししたそうで。

そうして、そのうち「お酒」も覚えることもある。


かくいう私も、バーの通い始めはカフェオレだった。
その後もアルコールに慣れないうちは、ノンアルコールばかりで、そのおかげで、そのお店ごとの「いつも飲むノンアル」があったりする。


今はまだ、9月ののんびりペースが残っているけれど、10月は忙しくなりそう。
今のうちに、できるだけのことをしておかなくちゃ。

そうそう、今月は「これまでの役目を降りる」ことを心がける一ヶ月。
不満がありつつも引き受けていることがあるなら、思いきってやめてみるといいかも。
「何が不満なのか」を割り出してみると、意外な本音と出会えそう。


今は向かい風も追い風も、ただの涼しい風だから、自分の方向性さえ定まれば、一気に流れが加速する。
今週末は、自分で「定めるための調整・整理」の時間を取ると、来週以降スムーズに流れに乗れるかもね。



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空を見上げると雲が高くて、暑くても吹く風が涼しくなって、知り合いに栗をいただき、なんだかすっかり秋の様相。

栗の下処理、したことないけどできるかな。
明日は栗ご飯にしようかな。
甘露煮もいいなあ、なんて作ったことないのに妄想ばかりが膨らみます。


そばにいる神さまメッセージに、こんなメッセージが寄せられました。


今の私を神さまが応援してくれている姿を思うと嬉しいので申し込みました。
どうぞ宜しくお願いいたします。

そそ、神さまって気づいてなくても関係なしに、人のすぐそばで応援してくれているんだな。

難しく言うと「ありようを祝福してくれている」なんだけど、要はエールを送ってくれている。


大丈夫だから。何も心配はいらないから。


この「大丈夫」とか「心配いらない」って、ちょっと誤解されがちなんだけど、何もしなくていいってことじゃないんだな。
(もちろん、文字通り「しなくていい」ときもある)

なんだろうな…

たとえ思い通りにならなかったとしても、失敗してもあなたのあり様・存在価値には何も影響がない。


だから「今は挑戦してみよう」「思い込みを手放そう」「様子を見てみよう」とか、そういう風に繋がる。

人生の手綱を握り、歩いているのは自分自身だから。
代わりに歩むことはできないけど、一緒に歩くことは神さまにもできること。


だからね、心配性や頑張り屋さんの人こそ、今は「思い通りにならない不安」から、ちょっとだけ距離を置いてみてください。

ビックリするくらい、何も起こらないから(笑)
もしそれで様々な思いが湧き上がっても、それは現実ではなく、自分の心うちでしか起きていません。


つまり、ほぼ妄想。


神さまが人のありようを祝す存在なら、その中で神さまからのメッセージは「あなたのあり様や人生を言祝いでくれるもの」です。


決してあなたの存在を否定するものではなく、「あなたへの無条件の信頼」という愛でしかありません。



ふわっとね、身軽にしてくれて、そのスキマから「いいモノ」が入ってきます。

「ひょっとしたら別の可能性があるんじゃないかな」
「他の選択肢も見つかるかも」

そんな風に思えたら神さまの後押しを受け取っている証拠だし、その先にきっと必ず、貴女の願いが叶う道があります。

いいの、いいの。
細かいことは気にしないで。

肩の力を抜くことは、決して手を抜くことじゃありません。
カルーくね、秋の涼風を堪能しながら、一生で一度きりの「私としての道」を楽しみながら、神さまと一緒に歩んでほしいなあ、と思います。
別に神さまを「信じなきゃいけない」わけじゃないしね!
「信心が…」なんて引け目に思わず、気軽にエールを受け取ってほしいな、といつも神さまは思っているものなのです。



身近にいる神さまを知りたい方はこちらをどうぞ☆

本日24時〆切です。
ちょっとまた記事がギリギリになっちゃったんで、「終了」と出るまでフォームは開けときますね。
もしピンときたら神さまから伝えたいことがあると思うので、この機会にぜひ☆


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