先週、オオクニヌシと話をしているときに「運を開いて縁を結ぶったって、何か取っ掛かりがないと難しいよ」とこぼした。
まだ課題をもらう前のことだ。
 
すぐに「いいけど、少しキツイよ?」と返ってきた。
何がキツイんだろうな?
これまで、さんざん鍛えられてきたから、今更だと思って「それでもいいよ」と返事した。
 
 
○これまでの記事

ほどなくして、気持ちが大きく揺らぐできごとがあった。
それなりに関わってきた知人から、近況を知らせるラインが来た。
いつもなら「そっか、大変だね」くらいで流せたはずなのに、その時なぜか踏み込むような発言をした。
 
案の定、それが引き金になった。
こちらも同じくらい向き合おうと、必死で言葉を綴ったものの、このときの私は恐怖心から関係性を取り返そうとしていた。
 
でも、他者の領域は相手のものであって、自分のものじゃない。
相手の選択は、受け入れることしかできない。
 
 
最終的に落ち着くところに落ち着いたものの、モヤモヤしたものが残った。
しかし、これがきっかけで掴んだものもあった。
 
 
相手から頼み事をされた。
以前から来るだろうとは予想していたものの、この件とは関係なく気乗りしないことだった。
 

それでも以前の私なら、こういうことがあっただけに「これで元の関係に戻れるかも」と期待しつつ「相手も大変だから」と理由を付けて、即座に応じていたかもしれない。
 
 
だけど、今度は踏み留まった。
起こったことに対する罪悪感があるにせよ、自分の都合を差し置いて、相手に安易に明け渡すのは違うと思った。
また、どんな反応や評価が返ってこようとも、それは私の責任でも問題でもない。

自分を大切にすることは、相手を蔑ろにすることではなく、両立できるものだ。
言葉にすれば当たり前のように聞こえることでも、「自分を最優先にする」という感覚が、わかり始めていた。
 
 
 「書く」以外のもう一つの課題。
人との関わり方や責任のあり方は、書くことにもつながる。
 
書くことは人に伝わるものだから、自分が相手とどんな関係を持ちたいかも、関わってくる。


相変わらず地道で、少し苦しい。
でも、その問題は元からあったもので、今まさに解決に向けて動き出すべきものだった。
神さまの後押し、恐るべし。

 
 

12月分のお届けは本日24時〆切です。

 

 
 
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「生きるために書こう」とふと思い立った。
同時に、それがオオクニヌシからの課題でもあることがわかった。

開ける運も、結べる縁もそこにある。
 

レッスンの告知記事を一旦は書いて出したけど、読み返したら、自分に正直なだけのゴミで、あわてて引っ込めた。
 
それが二日前のこと。


生きるために、書く。


これまで使い倒していた「承認を得るため」という動機は、既に無効化している。

それにも関わらずブレーキはかかるし、「人から受け入れられない」と外界に責任転嫁して、しない理由を作ろうとするのは、まだ承認を得ることにしがみついているからだ。

 
洗い物が捗り、ついでに押入れの掃除も始めた。
散歩を始めたら、なかなか足が家に向かない。
眠気が出てきたのは、午睡しないように耐えた。

動いている気になってその実、書くことにはちっとも意識を向けていない私の今。
 
正念場だ、と思った。
 

 

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出雲大社の神等去出祭は、2つあります。
 
一つは、出雲大社を発つとき。
もう一つは、出雲の国を去る日です。
 
飛行機に乗って帰る神さまもいるのかな…。
 
旧暦10月26日は、2つ目の神等去出祭。
大国主神に、神さまが出雲の国を発ったとご報告するご神事です。
今年は12月15日に行われました。
 
 
夜神楽祈祷の最後に、神主さんがご挨拶で
「私たちは、大国主の大神にお仕えしているのだ」というようなことを仰っていたのを思い出します。
 
 
神在祭そのものの本義は、神さまが来年の流れや縁を取り決める神議り。
私たちの願いをその中で取り上げてもらえるよう、神さまにお取り次ぎしていただくのが夜神楽祈祷や縁結び大祭といったご神事ですが、改めて考えると、すごく壮大で畏れ多いな、という気持ちが湧きあがります。
 
 
人知の及ばないものが物事、そしてたくさんの人たちを現実に動かす。
 
もちろん自分自身の努力や行動、それ以前に気持ちや意志で物事が進むのは大前提であるにせよ、そこに見えざる手も働きかけて、運ばれていくものもあるのを考えると、とてつもない畏敬を覚えます。
 
 
それを神さまの「意志」と捉えることもできるのでしょうが、私は「愛」だな、と感じます。
 
現実にはわずかながらも、少し組み替えて触れさせてくれる何か。
か細い糸をたぐり寄せて、掴んでいけるように爪先に届かせてくれるようなもの。
 
その、ほんの少し、わずかなタイミングが、数限りない奇跡を届けてくれるのだろうな、と思うのです。
 
 
出雲で神議りを済ませた各地の神さまもまた、そんな出雲の大きな力を携えて帰っていったのだと思えば、その中心となる出雲、そして大国主神のご霊威は、とてつもない愛なのだなあ、なんて想いも浮かんできます。
 
 
・・・と、ここまでで終わればよかったのですが、ついと横目で見るオオクニヌシは、コドモのようにぷくっと頬を膨らませてトナリにいます。
 
同じ・・・なんだけどな・・・
そのはずなんだけど、な・・・。
 

ご縁を結ぶ出雲の王さまが「いらっしゃる」はずなのに、どうにも私がその姿についていけないのです。


神さまにもいろんな側面があることや、当人(神)が堅苦しいのがあまりお好きでないとか、お心遣いもあることも重々承知の上なのですが、毎度のことながらこうもギャップが激しいと・・・うーん。
なんとか、ならないものか。


ムリ。
だってキミ、もうそれで固定されちゃってるでしょ!
 
ま、それはあるんだな、これが。
あと多分、スサノオの霊威で慣れちゃったのはある。
 
慣れすぎでしょ、いくらなんでも!
もう少しボクにも寄せてよ!
「初め」からボクだって、いるのに!!
 
巫として初めての仕事が出雲だったのは何度も書きましたが、それゆえに近すぎて「初めからいる」という意識が湧きにくいのです。
 
その上、スサノオのような「圧」はなく、どちらかというと馴染むような気配なので、意識を向けるのが難しいところもあります。
 
もっとも、オールラウンドな「縁結び」の神さまなので、主張が激しいと、それはそれで違うような気がしますが・・・に、しても少し気が抜けるといいますか。
改めて、掴みどころがわかりかねています。
 
センサイさが足りないよ!フンッ。
 
 
こうして、このところはゴキゲンがちょいとナナメ。
もういっそ元に戻してオオクニィって呼ぼうかな。
 
それこそ、今さらでしょ。
 
それはそう。や、ふてぶてしくなったね?
 
どっちがだよ。
そのセリフ、そっくりそっちに返してやんよ。
 
 
うーん、どうも私が「まだ準備が・・・」と尻込みして本腰を入れないのを「いいから、やれよ」とお冠のご様子。
 
動かなきゃ、開かない運も結べない縁もあるんだからね。
 
 
仰るとおりです。
こっちが動いて、初めて動くものもある。
運を開く、縁を結ぶとは基本的にそういったもの。

アタマではわかっているのに、動きがたい!
でも、このままではレッスンのご案内も出せません。
 
承認を得るのを手放し難いからでしょ。
いいから、さっさと出すんだよ。

ぐぬぬ…全く、その通りだよ。
なんかこう、目に見える成果…の前に「保証欲しさ」が前面に出て、ブレーキがかかります。


でも、そうも言ってられないので、オオクニヌシにお尻をペンペンされながら、告知を書き上げることにします。
前はこの役目、スサだった気がするんだけど…と思ったら、嗤いながら「お役御免になった」んだってさ。
側にはいるけど、どうやら交代したっぽいですね。
 

 

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巫(かんなぎ)の林 紗妃です。

2026年の運気リーディングは、ただいま12月お届け分を受付中です。
(残3名なので、年内中に受け取りたい方はお早めに!)


今年は少し早いスタートだったものの、このメニューを出すと、一年の終わりを感じます。

「神さまから、一年の流れをお届けする」という一風変わったリーディングですが、楽しみにしてくださる方が毎年おられるのは嬉しいものですね。

この一年の様子を伝えてくださる方もおられて、私もそれを読むのを楽しみにしながら「今年はどんな神さまとのご縁があるのかな」と、思っていたりします。


今年も、お申し込みに際してこんなお便りが届きましたのでご紹介しますね。
(一部省略しています)


もうこの時期ですね!
ブログの告知を確認してすぐに今までのリーディングを読み返しました。
2019年からの依頼。
思った以上に数年間もお世話になっていました。
読み返すとわかる一年の流れが読まれていたな…と。
今だからわかるアドバイスもあり笑
懐かしい気もしました。
ただただ結婚に焦りヤキモキして目の前が見えてなかったあの頃。
神様方に見守られて望んできた願いを叶え今日に至ることがわかり、ますます感謝の気持ちで満たされました。

今年は予定外の急な出産に始まった育児。
結婚に出産。幸せ一色!と思っていたのと違う!となってしまったり、よく神様方に言われる見えない未来に勝手な不安を抱きまた闇落ちし…
そんな中でも親や夫、友人(昔からの仲間に加えて婚活仲間から子育て仲間になれた友達や数年ぶりに再会した同期など)に支えられて最近やっと一息できてきたところです。



来年からは仕事もフル勤務にもどすのでますます仕事と育児の両立が大変になる予定です
今までの独身時代と違い優先順位も変わり今後の自分の生き方(仕事の仕方、住む場所など)について色々悩むようになりました。
一つのアドバイスとしてまたリーディングを受けられたらなと期待しています。
またゆっくり神様と話をする糧にしたいなとも思います。


Mさん、ありがとうございます!
ご結婚されて名前が変わられたので、ちょっと私が慣れないでいますが…(笑)


去年ご報告をいただいたときに「ご結婚おめ…え、あ、ご懐妊まで、おめでとうございます〜〜!」という、怒涛のスピードで起きた変化を目の当たりにさせていただいたのでした。

変わるときはホントに早いとは、常々思っておりますが、それまでのお悩みが長かった分だけ、喜びもひとしおでした。


神さまのリーディングは「ホントにこんなことが起こるのかな?」とか「そんなふうになるんだ」と、受け取ったとき一見、信じられないような気持ちになるんですが、「あとになって見たら、その通りだったとわかる」ことが多いんですよね。
(私も、多分に身に覚えがあります)
 

今は育児が中心で、来年からお仕事に復帰されるとのことで、これまでとまた違う、新たなステージに立つのは、一体どうなるか不安もあるかと思います。

でも、変わらないことも沢山あるはずですし、Mさんだからきっとこれまでと同じように、周りにいるたくさんの方たち、そして神さまたちと一緒に、力を合わせて乗り越えることができるんじゃないでしょうか。


運気リーディングをしていると、来年を見守ってくださる神さまとのご縁と運気の流れのワンセットで、一年を下支えしてくれることを常々感じています。

当てモノでは決してないのですが、それでも「本当に運気で読んだ通りになりました」というお声をいただくことが多いのです。

神さまから、運気は一体どのように見えているんでしょうね?
いつも不思議に思いながら、ご縁を紡ぐ日々。


一年を通じて、また一年の振り返りにも活かせる神さまからの運気リーディング。
年に一度のこの機会に、おつなぎできる神さまとあなたとのご縁を楽しみにしています♪

 

12月お届け分は残3名となりました。







初めにも言いましたが、今回の出雲旅は「せいしょこさん」こと加藤清正公が一緒でした。

熊本の初代藩主であり、朝鮮出兵の折には戦勝祈願で長浜神社を訪れた武将が、改めて見た出雲の姿。
一体どんな風に映っていたんでしょうか。

今回は、そんなお話を聞いてみました。

私の見る神さまと、せいしょこさんから見た神さまの違いをお楽しみください☆




◆出雲旅、お疲れさまでした。

遅ればせながら出雲旅、お疲れさまでしたー!
すみませんね、バタバタして今になっちゃって。

いや、巫殿も出雲の旅路、ご苦労であった。
この目でしかと見届けておったぞ。

ありがとうございまーす!

しかし、なんというか…その、神々と親しく話す姿が眩しく見えてだな…。
目が潰れるかと思った。

え、そぉ?いつものことだけど…。
ホラ、家でも神さまとやり取りしてるでしょ?

そうなんだが…
その、現地で見るのとは勝手が違ってだな…。
お姿が見えぬというのに、よくもまああれだけ言葉を交わせるな、というか…

まあ確かに「見えて」はいないもんなあ。
公からは、ちゃんと見えていたの?

うむ。…が、しかし畏れ多くてきちんと見ていたかどうかさえ、定かではない。

なんと、もったいなーい!
見えてるんだから、見ていいんじゃないのっ?
私、なんとか像を結ぶのが精一杯だし、それも向こうから見せてくれるから、なんとかなってるのに。

そうは言ってもな…。
やはり、その、古の神々と交信するというのが、畏れ多くてだな…。

自分も祀り上げられているのに?

それとこれとはわけが違う。
その、なんというかだな、次元が違うのだよ…

ああ、そう。
なんかわかるような気もするけど、あんまし気にしたことないから、私は鈍くてよかったかなっ。

ヒトの子からすればそうなのか…いや、そうなのか?
不思議なお人なのだな、巫殿は。

ううむ、確かに私のこの目線が「普通か」と問われるとギモンではあるけれど…。
それで悩んだ時期もあったけど、私の神さまとの関わり方はこれでいいやって思ったんだよねえ。
それで敬意を払っているかを持ち出すのも、なんか違うなあと思って。

うむ、いや敬意はきちんと払っておった。
そこは間違いない。
いや、恐らくその関わり方を改めて見るに、新鮮で感動したんだな。

感動…そこまでっ!

うむ。やはり我々は基本的に「拝するもの」として刻みつけられておるゆえに、神々と親しく交わる、という観念すらないのだ。

あー…まあ、それはそうよねえ。
私も初めはそうだったはずなんだけど、いつの間にかこうなっちゃってたんだわ。

うむ。神々の喜ばしい姿を間近で見られて、僥倖であった。
意外にも、気さくな方たちであるのだな…。

でしょ、でしょっ?そうでしょー!
いやー、わかってくれて嬉しいっ。
これまでの付き合い方は、もちろんあってもいい…というか、そこをどうこうって話じゃなくってさ。
なんかこう、親しみ溢れる目線を合わせてくれる姿を皆に見てもらうのも、いいって思ってんだよね!

なんだろうな…。ご霊威があるとかもそうだけど、「中身」というか、性格とかそういうのも、知ってほしいなあ…とか。
なんかもっと「近づける神さまの姿」を伝えるのも一つの重要な役目かな、とか。
いや、そんな大仰なもんじゃないんだけど。

それは、いいんじゃないか。
そういう風に付き合える、付き合い方もあると知れば、堅苦しく考えなくてもいいと気楽に向き合える手立てにはなるだろう。

そうなんだよねー!
「知る」一つの方法が、そういうところからでもいいんじゃないかなって思うよ。
ところで、一番印象的だった神さまっている?


◆印象的だった神さま

それはやはり、大国主命だろう。
出雲の壮大さそのままに、国を統べる王の貫禄、誠に見事であった。

…。アレ、私が見ているオオクニィと違うなっ?

それは、そうだろう。
それを見ていない…というよりも、気にしてないのだから。

見えないのをいいことに、なんか好き勝手やってるイメージしかないよ。

うむ、だがそれだけではないということだな。

それもそうか。あと、微妙に「手加減」されているフシもあるし。

それは正直、あると思うぞ。
まあ、配慮もする心優しき神であるな。

あんがとよ、オオクニィ。
また今度たっぷり話を聞かせてもらおうかなっ。

長浜神社の八束水臣津野命殿にお目にかかれたときは、感慨深いものがあったな。
やはり、一度参詣している場所に改めて訪れることができたのは、感無量であった。

あー…それは、そうよねえ。
それでしっかり勝って帰ってきてるもんね。

うむ。たんと礼を述べさせていただいた。
機会を設けてもらったことに、改めて礼を言わせてもらう。

いや、ほとんど放置だったから、そんな風にやり取りしていたなんて知らなかったよ。
でも、お役に立てたなら何よりです。

気にせずに放っておかれるのも、なかなか心地がよかったぞ。

気にしてたら仕事できないからね!
旅の間は忙しいんだ、私は。

うむ。その距離感が逆に良かったと言っている。

それはどうも。
あ、じゃあ逆に姫神さまは?


◆せいしょこさんから見た姫神さま

うむ…いろんな女人の御方々がいたな。名のあるもの、なき者…それは男神でもそう変わらんが。

そうなんだ。奥出雲のクシナダヒメとかは?

気の強い女性だったな。たおやかさもあるにせよ、頑として引かぬところは引かぬ気概の強さを感じたよ。

あー…確かに。柔軟なように見えて、テコでも動かない強固さは、あるよねえ。

だが、皆には親切にしていただいた。
かたじけない。

一緒に来たのが珍しかったんじゃないの?
ほら私、今は熊本で世話になってるわけだし。

…そのようだな。好奇の目線に晒されてだな…

…あー。まあ、うん。まあ、そうよね。

いや、そうそうお目にかけることのない姫神たちにご挨拶できたのは、感激したぞ。

なるほどー。私が境内をうろついている間にそんなやり取りがあったんだねえ。
神さま同士、親しくしてもらえて何よりだよ。

ううむ…同列に扱われるのはどうかと思うが…。
まあ、よい旅であった。


◆出雲大社がお気に入り

出雲大社、けっこう気に入っていたもんね。

それはそうだ。古代より伝わる古くからの善き神々たちを拝むことができる機会は、そうそうあるものではない。

神在月ってのは大きいと思うけど…。

それは違うぞ、巫殿。
あそこは、常に数多くの神々がおられるのだ。
ただ、神在月だからとて増えるわけではない。

え、そうなの?

うむ。いや、確かに訪う神々もいるにはいるが、総数としては変わりない印象だった。

ほええ…なんだろ、いつもいる神さまはこの時期に行き交っている感じ?

そうだろうな。なればこそ、出雲こそ日ノ本一の神々の国とも言える。

あー…。お伊勢さんはまた別格だもんね。

うむ、あそこは国家鎮護、つまり日の本の「社会」における第一の社、だな。
あくまでも、私の印象だが。

うんうん、わかる…。どっちが上とかじゃなくって、だよね。ちょっと、ここら辺は人にわかるように説明するのが難しいんだけど。

何、単純に「隠れたる物事すべてを統べる国」という観点から言えば、伊勢よりも出雲だろう、というだけの話だ。ふむ…早くも恋しいな…。

ええ…もう?よっぽど心地よかったんだねえ。
でも、熊本の守護を頑張ってね?

もちろんだとも!こちらこそ、我が国。
守るべきものがあるからな。

それならよかった。また年末辺りにでも参拝に行くから、そのときはよろしく…って、あ。
そういえば「身代わりくまモン」はどうなったの?

うむ。そっと戻しておいた。

戻したんだ…できるんだ…。

いちいち見えぬモノに煩わされては適わんからな。

そういうもんなんだ…。
まあ、お戻りいただけてよかったよ。
それじゃ、またいずれ。

うむ!巫殿もこれから仕事に励めよ!

はあい、頑張ります。

身代わりくまモン。一体、どんな風に身代わりにされてたんだろ…

「イニシエの神々に圧倒されたせいしょこさん」は、たいそう出雲が気に入られたようです。

…。イニシエとかカンケーなく、フツーに喋ってたんだけど…まあ、いいか。今更だわ。
たぶん、せいしょこさんの反応がフツーなんだろな。


私としても旅の前に向こうからガイドとして来たり、途中でついてくることはあっても、こうして初めから一緒についてくるのは、初めての経験でしたし、それで「神さまから見る神さまの姿」を聞けたのは、とても新鮮でした。

「神在祭だから神さまがめっちゃいるわけじゃない」のね!

もとい、神在祭で来ている神さまもおられますが、この時期にいる出雲の神さまたちは、逆に「使者」として、あちこちに散らばっているようです。

年中を通じて、いつも神さまで大賑わいしているのが出雲大社を中心とした、出雲の国なのでしょう。

そして、その中で「かくれたること」を神議りで決めるのが神在祭なのだと、せいしょこさんのおかげで、認識を新たにできました。



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