巫(かんなぎ)の林 紗妃です。

自分を全面に出す恐れから、「オヤに甘えたいコドモでいる私」という自己像を維持してきた私。

それは幼少期のできごとによる、「私」という存在そのものに対する猜疑心も関わっていました。


これまでの記事
②パートナーシップにおきる傷と真の自立とは?

③女性性のキズと私が本当に恐れていたもの



振り返ると、幼少期は感受性が強く、何かと不安を感じていたように思います。
そこに、家庭の事情によってオヤと一時期離れるできごとが起こりました。

もちろん、子供だった私に問題がないことは言うまでもありません。
ですが、引き離された悲しみや恐怖心が大きすぎて、当時の私は気持ちを受け止めるより「自分のせいだ」と自分を責めることしか、落としどころを見つけることができませんでした。


再びオヤと暮らすようになっても、再び同じことが起こるのではないかという恐怖心から、その気持ちは凍結されて、「甘えたい気持ち」もガマンしたままでいました。

それでも甘えたい気持ちを諦められず、それを叶えるためには、自分の気持ちを抑え、本音をガマンして「オヤの期待に応えるスナオでいいコでいる」ことで取り返せないと、すっかり思い込んでいたのです。


しかし、条件を付けることでしか自分の気持ちや選択を許せないというパターンは、自分の領域を蝕んでいきます。

また、相手の問題や感情を自分の責任と捉えていたことも、自他境界線があいまいになる一因でした。

「私」を認め、受け入れるのは私の領域でしかない。

たとえオヤであっても、自分とは違う人間。
自分の全てをわかってもらい、受け入れてもらうことはできないし、それこそ私の思う通りの期待に応えることはできません。

そして、そんなことができる人は、世界中どこを探しても存在しません。

そんな当たり前のこともわからないほど、外界や他者への恐怖心を抱えて私は生きていたことに、ようやっと気づくことができたのです。


…と、コレを書くのにも大変勇気がいって、なかなか手をつけられないでいました。

でも、出すことそのものが神さまから与えられた課題であり、また恐怖心に満ちた子供時代の癒しにつながるのだと思っています。


続きます。


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