12月31日。

 

カレンダーを見ているだけなのに、
なぜか気持ちが「今年はここまで」という方向に向かいます。

不思議ですよね。

 

地球が止まるわけでもなく、
宇宙の仕組みが切り替わるわけでもない。

 

それでも多くの人が、
この日を「特別な一日」と感じています。

実はこれ、人間の性格の問題ではなく、
かなり長い歴史の中で育ってきた感覚です。

 

考古学の視点で見ると、
人類は太古の昔から「区切り」をとても大切にしてきました。

 

狩猟採集の時代、
季節の変わり目は命に直結していました。

 

農耕が始まると、
収穫と次の準備のタイミングが、
生き延びるための重要な節目になります。

 

つまり暦とは、
単なる日付ではなく、
人が生きるための知恵だったのです。

 

民俗学の世界では、
年末年始は「境目の時間」と考えられてきました。

古い年と新しい年。


日常と非日常。


こちら側と、あちら側。

 

だから人は、
掃除をして、
火を使い、
祈りや儀式を置いてきました。

 

これは迷信というより、
心を整えるための、とても合理的な方法です。

 

仏教の考え方も、
実はとても現実的です。

 

一年を振り返ることは、
反省大会ではなく、
静かな「観察」に近い。

 

何が続いたのか。
何が終わったのか。
何を持ち越したのか。

 

古神道の感覚では、
年の終わりは「終わり」ではありません。

 

一度ほどけて、
また自然に結び直されるタイミング。

 

だから、
きれいに終わらせなくてもいい。

 

経済やビジネスの世界でも、
12月31日はやはり特別です。

 

決算、棚卸し、総括。


数字に区切りを入れることで、
人は次に進みやすくなります。

 

マーケティングも、
この心理をとてもよく理解しています。

 

「年内に」
「新年を気持ちよく迎えるために」

これは煽りというより、
人間の構造を丁寧になぞっている言葉です。

 

こうして眺めてみると、
大晦日は「頑張る日」ではなさそうです。

 

むしろ、
「そういう仕組みなんだ」と理解する日。

 

大掃除が終わっていなくてもいい。
目標を達成できていなくてもいい。
完璧な一年じゃなくてもいい。

 

年は、
人の出来とは関係なく、
ちゃんと越えていきます。

 

区切りは、
やり切るためのものではなく、
気づくためのもの。

 

ここまで分かったら、
今日はもう十分。

 

無理に切り替えなくていい。
無理に前向きにならなくていい。

 

一年という仕組みを、
少し面白がりながら理解して、
静かに年を越す。

 

それもまた、
人類が長く続けてきた、
とても健全な参加の仕方だと思います。

 

分かったら、
今日は笑って、深呼吸。

 

肯定して、
スルー。