こんにちは。

Silent Logic 編集長の鏡 司です。

最近、少し気になることがあります。

 

それは、
人が何かに疲れる前に、
まず「情報の多さ」に包まれている、ということです。

 

昔より便利になったはずなのに、
昔より判断が難しくなっている。

 

何を買うか。
何を信じるか。
何に怒るか。
何に反応するか。

 

一つひとつは小さなことでも、
それが一日の中で何度も続くと、
心は静かに消耗していきます。

 

しかも厄介なのは、
疲れている原因がはっきり見えないことです。

 

仕事が多いわけではない。

人間関係が極端に悪いわけでもない。

大きな失敗をしたわけでもない。

それでも、なぜか落ち着かない。

 

その理由の一つは、
「処理しなくていい情報まで、脳が処理しようとしているから」
なのだと思います。

 

人の脳は、入ってきたものを
完全に無視するのがあまり得意ではありません。

 

見出しを見る。

通知が来る。
誰かの意見が目に入る。
流行の話題が流れてくる。

 

それだけで、
意識のどこかが少しずつ動きます。

 

反応しなくても、
見ただけで少し考えている。

 

参加していなくても、
受け取った時点で少し消耗している。

 

だから今は、
何かを頑張ること以上に、
「何を通さないか」を決めることが大事なのかもしれません。

 

すべてを知る必要はない。
すべてに意見を持つ必要もない。
すべてに遅れずついていく必要もない。

 

世の中は今日も動いています。
新しい情報も、次々に出てきます。

それ自体は悪いことではありません。

 

変化があること。
議論があること。
人が関心を持つこと。

それらは社会の自然な動きです。

ただ、その流れを全部抱え込む必要はない。

 

必要なものだけを見る。
今の自分に関係するものだけを受け取る。


残りは、無理に敵にせず、
静かに通り過ぎてもらう。

 

この感覚は、
冷たさではなく整理です。

 

無関心ではなく、
自分の輪郭を守るための距離感です。

 

何でも知っている人より、
何を入れないか決めている人のほうが、
案外、安定しています。

何でも反応する人より、
反応する価値のあるものを選べる人のほうが、
長く崩れません。

 

情報の時代と言われて久しいですが、
本当に必要なのは、
情報を集める力より、
情報との距離を決める力なのだと思います。

 

今日もまた、
世界はたくさんの話題で動いています。

 

そのことは理解しながら、
全部は背負わない。

 

必要なものだけを受け取り、
あとは静かに置いておく。

そういう日があっても、
十分に健全です。

 

むしろ、
そういう静けさがあるからこそ、
また必要な時に、
きちんと考えることができるのだと思っています。