元旦になると、
なにかが始まった気がします。
昨日までと、
空気が少し違う。
カレンダーが一枚変わっただけなのに、
気持ちはちゃんと切り替わる。
不思議ですが、
これは昔から続いてきた感覚です。
新しい年。
新しい気分。
新しい自分。
そう思いたくなる要素が、
この日にきれいに並んでいます。
初日の出を見て、
初詣に行って、
新年の挨拶を交わす。
どれも「始まり」を確認するための動作です。
ただ、冷静に見ると、
今日が特別なスタート地点というわけではありません。
昨日の続きが、
少しだけ明るく照らされている。
それだけのこと。
それでも人は、
この日に一度、姿勢を正します。
今年はこうしよう。
こんな一年にしたい。
でもそれは、
強い決意というより、
方向を確かめる作業に近い。
途中で変わってもいいし、
忘れてしまってもいい。
元旦に立てた言葉は、
完璧である必要はありません。
始まりとは、
何かを固めることではなく、
向きを確認すること。
初詣も、
願いを叶えてもらう場というより、
「ここに立っている自分」を確認する場所だと思います。
ここに来ている。
これを大事にしている。
今年も生きている。
それだけで、
十分な報告になります。
元旦は、
頑張る日ではありません。
張り切らなくてもいいし、
理想的でなくてもいい。
昨日より、
少しだけ余白がある日。
始めなくても、
始めた気になれる。
それが、
元旦という日の、
ちょうどいいところです。
分かったら、
今日は大きなことをしなくて大丈夫。
気分が動いたら、
動いてもいい。
動かなくても、
それもまた、ちゃんと元旦です。
仕組みを理解したうえで、
静かに一日を過ごす。
元旦は、
参加しなくても成立する日。
肯定して、
スルー。