
オレキシンを標的とした睡眠薬は、米製薬会社メルクの日本法人MSD(東京都千代田区)が昨秋発売した不眠症治療薬「ベルソムラ錠」(15ミリグラム、20ミリグラム)。オレキシンの受容体への結合をブロックすることで過剰な覚醒状態を抑制するという。これまでの睡眠薬はGABA、メラトニンといった睡眠にかかわる受容体に作用していた。
オレキシンは筑波大の柳沢正史教授(筑波大国際統合睡眠医科学研究機構長)らが1996年に発見した神経伝達物質。脳の視床下部にある神経細胞で産生され、分泌が増えることで覚醒し、分泌が減ることで眠りにつくとされる。覚醒から睡眠へ脳の神経回路が切り替わる際にとても重要な役割を果たしているという。
一方、厚労省の研究班が昨夏改訂した「睡眠薬の適正使用・休業ガイドライン」によると、不眠症状に悩む人は成人の30%以上に上る。夜なかなか寝付けない「入眠障害」、夜中に何度も目が覚めてしまう「中途覚醒」などの症状が週2回以上で1カ月以上続くなど不眠症の定義にあてはまる不眠症人口も成人の6~10%に上るとみられるという。
またNHK放送文化研究所の調査では、日本人の平均睡眠時間が年々短くなる傾向がみられる。1995年から2010年までの15年間、平日で十数分、日曜で1時間以上短縮している。要因として、インターネットの普及とシフト勤務の導入などによる「生活の24時間化」、高度技術社会や管理社会などに象徴される「ストレス社会」などが挙げられている。
柳沢教授は「ストレスが多く、生活時間が24時間化している現代社会では、脳は必要以上に覚醒し、眠っている間さえも脳の不眠不休状態が続いているといえるかもしれない」とし、「覚醒システムに不具合を起こし不眠症になる人が増えているとすれば。オレキシンの分泌がかかわっている」と推測。「こうした背景からオレキシンの作用を阻害する新しい睡眠薬の開発が進んでいる」と現代社会の不規則な生活が開発を促しているとの見方を示した。