さて、移植が中止になったということはとりあえず退院ということになるわけであります。おおお、せっかく入れたIVHも抜かなければなりませんなあ。
「サクさ~ん、抜きますよー。」
「とほほ、今行きます。」
IVHを抜くときはなにか痛みを伴うのかと思っていましたが、以外にも気付いたら終わってました。
「ほい!抜けました。ほら。」
K先生は僕の静脈に届いていたIVHを僕に見せます。血まみれです。ひええ、見せなくていいから。この先生は若くて美しい女医さんなのですが、なんかこうとぼけたというか、あっけらかんとしているところがありましてね。まあ、そういうところも嫌いじゃないですけどね。でも毎回注射の針やら何やらを見せつけるのはやめていただきたい…。そうそう、それから僕はね、退院する前にマルクをしてくれるように頼んでいたのです。今後の方針を決める材料にするため、今の状態を知っておきたいですからね。う~ん、マルクは・・・やはり何度やっても慣れませんなあ。
数日後、主治医の先生を含めた数名の先生が集まる部屋で、僕は今後のことについて先生方の意見を聞いていました。ここは大学病院ですから、僕と近い年代の若い医師が大勢いるわけですな。で、早速お話を伺ってみたのです。僕は今回の入院の前に、セカンドオピニョンを聞いてみないかと勧められたのですが断りました。理由は、決断が鈍るということ、そして結局決めるのは自分なのだから、ということだったのです。ですが今回はちょっと状況が違いますのでね、やはり人の意見も聞いてみたいと思ったわけです。だってね、なにか運命的なものを感じるじゃないですか、今回の移植中止については。で、聞いてみて驚きましたね、実際。僕に近い世代の医師たちは、もちろん主治医のK先生も含めてですが、みんな移植はしないというのです。
「あと1年待てば、グリベックの5年生存率が出ますから、その後で決断しても遅くないのでは?」
おお、なるほど、そう言われればそうですなあ。そしてK先生は、
「人生観の違いだと思うけど、私はもしも急性転化しても移植はしないと思います。」
ええ、そうなんですか?う~む、僕が思っていたよりも様々なバリエーションがあるな。やはり人が考えることというのは千差万別なのですなあ。なるほど、今を精一杯生きるか、未来に向って進むのか、そして命というものをどのように捉えるのか。やはり人の話というものは聞いてみるものですね。
「今のサクさんの状態であれば、移植を急いでする必要はもちろんありません。グリベックが非常によく効いていますから。さらに言えば、慢性期に移植するのと移行期に移植するのとでは、移植の成績に大きな違いはないんです。ただし、移行期が必ず訪れるかと言われるとそれは何ともいえません。いきなり急性転化という場合も可能性は高くはありませんが、考えられるのです。まあ、今回移植が中止となったのはなにかの暗示だったと捉えるのも悪くはないと思いますから、充分考えて結論を出してください。」
部屋から出て、K先生と歩きながら少しだけ話しました。
「僕にはなにか変な強迫観念みたいなものがあって、ここで逃げてしまっていいのだろうかと思ってしまうんですよね。」
「グリベックを続けることは、逃げることではないですよ。」
そうか、そうだよな。この一言で随分楽になったような気がしました。僕はK先生と握手をしてその場を離れました。
「またここに来たら、そのときはもう一度力を貸してください。」
「ええ、何でも。」
帰ってきました。無事に家に帰ってきました。早速犬2匹と猫2匹に挨拶をします。
「ウー、ただいまワン!、ただいまニャ~!」
自分の部屋に入ります。おお、無事に戻ってきたぞ。ガレージに行き、バイクにまたがります。おお、無事に帰ってきたぞ~!まず生物が食いたいですな、生物。刺身が食いてえ、ぶじゅるるる!おお、生きているということはなんと素晴らしいことなんでしょう。食べるということはなんと楽しいことなんでしょう。そして、健康とはなんと素晴らしいことなんでしょう!この日から僕が、数日間暴飲暴食を続けたことは言うまでもありません。2週間後、僕は外来で病院に行きました。退院直前に行ったマルクの結果を見ます。おお、やはり良好なようです。フィラデルフィア染色体は殆ど見当たらないのです。もしかしたら本当に薬で治るかもしれません。この翌週、僕は薬を続けるという答えを出し、次のドナーさんの検索を中止しました。
そうなんです。僕はこのような経緯で骨髄移植の直前まで行きながら退院し、グリベックという強い味方を得て病気もだいぶ良い方向に向っており、副作用もまったくなく、見た目も体力も食欲も、まったく普通の人と変わらないくらいとっても元気なのです。先生からも、普通に働いて構わないと言われていますし、グレープフルーツ以外は何でも食べていいと言われています。僕はなんてついているのでしょう。もし本当にこのまま薬で病気が治ったとしたら、本当に運のいい人間ですよね。え、病気になったこと自体運が悪いじゃないかって?ハイそこ、そういうこと言わない!いずれ病気になったこと自体もいい勉強と経験になったと笑うことができる日が来るでしょう。嘆いてもどうにもなりませんからね。気がすむまで愚痴を言って、泣いて、叫んで、そして少しは気が楽になったら、前に進もうではありませんか。まずは、誰より何より自分を信じること。自分の生命力を信じること。そして、気持ちまで病気になってしまわないこと。僕の闘病生活はスタート地点からそうでした。そりゃあ確かにショックですよ、自分が白血病なんかになってしまったら。でもね、それで終わりではないのです。どんなところにだって、希望はあるのです。どんな時にだって、心の慰めはあるのです。よく目の前が真っ暗だと言う人がいます。それは、目の前を自分で真っ暗にしているのです。かっと目を開き真正面を見据えれば、たとえ1ミクロンであろうと光はあるはずです。その光を見逃さないことです。そのためには、下を向いていてはダメです。僕はこのように信じられないような経緯で現在に至っており、結果的に現在とても元気ですのでラッキーだったと言えるのかもしれません。しかし僕は、これは自分なりに後ろ向きにならずに闘ってきた成果だと思っています。笑顔を忘れず、自分の生命力を信じ、そして何より僕を心配してくださった大勢の方々の力が、いまの僕の元気を形作ってくれたのだと信じています。もちろん、僕だって決して安心できる状態ではありません。ひょっとしたら急性転化を起こしてしまうかもしれません。そうしたら、今度こそ骨髄移植を受けねばなりません。これは、半ば安心してしまっている僕を再びどん底に近いところまで突き落とすものとなるでしょう。しかし、そうなったらまたその時に考えればいいことです。今から心配して生きていくことはないし、もしそうなったらまた1から始めればいいのです。さらに言えば、僕にはこんなに心配して協力してくれる人がいるし、最高の医療チームもついています。
病気になるとあれこれと考え事をしてしまいますよね。特に僕と同じような年代の人は、これからどうやって生きて行こうなどと、つい将来のことに目が行きがちです。ええ、僕もそうなのです。焦っちゃうんですよね、そう考えると。苦しくなるんです。そんな時に僕が人生の大先輩から頂いた言葉を紹介します。
「将来も大事だが今がなければ未来もない。まずは今のことだけ考えて今を精一杯生きればそれでいいんじゃないか。」
どうです、少しは気持ちが楽になったでしょう?
僕と同様に病を患う全ての人に僕のメッセージを飛ばします。
NEVER GIVE UP! 決して希望を捨てるな!
病を乗り越えて掴み取った人生は、きっと何倍も素晴らしいものですよ!