昨日久々に洗車へ。

今日午後一時雨に。

予報には全く出ていない雨。

 

もう。

 

ありがとうございました。
一昨年のコース自己記録を12秒更新。

苦戦しましたが最低限の結果は出せたという感じでほっとしています。

ラッキーなことに表彰もしていただきました。

大会関係者の皆様、スタッフの皆様、ありがとうございました。
まだまだ頑張ります。

これ去年の記録、です。

大会参戦記がどんどん遅くなっていけません。
忙しい正直それでも。

今週末の大会過ぎると流石になんだかなあなので不完全ですがアップします。

記録自体はその年に綴っていたのでややこしいんですが。

 

去年(一昨年)は、2、3日前に本番用のパナ・ウルティママラソンがパンクし、大分に新しいのを残しておく必要から、この大会は練習用のビットリア・ストラーダで臨んだ。その時の結果が1時間6分53秒。今年(昨年)はパナなので、それを上回りたいなと思いながら参戦。

今年は、職場のイベントがあって昼前からお休みもらって会場へ(今年もです)。

会場入りする前にコンビニへ。ナビの設定間違えて、えらい遠くまで来る。

それでも開会式には十分に間に合う時刻に到着。

去年(一昨年)初めて出たこの開会式は。

ごはんがおいしいのと。

地元中学の吹奏楽が凄いのと。

皇族の方も来られる大がかりな規模なのとで、今年も参加することに。

ホテルではなく、青年の家に泊まるのも去年(一昨年)同様(今年も)。

去年は通路のそばの部屋にも一人泊まられていて車いすを止めている関係で、夜中の行き来ができなかったが、今年(昨年)は、その旨を大会事務局に伝え、大丈夫になった。夜中に行き来することはないとはいえ、できるのとできないのとでは気分的に違う。

知り合いの岡山のNさん、お仕事してました。

開会式が終わり、交歓会でご飯を食べる。焼きそばだけでなく、今年は(昨年)カレーもいただく。

食べすぎるぐらい食べてから部屋に戻り、もう19時前にはベッドに入る。眠れてはないがごぞこぞ動かず横になる。

翌朝、朝ごはんをいただきに食堂へ。青年の家はトイレもしっかり数が複数あるので、思ったほど不便ではないが、風呂だけは入れない。因みに、風呂は覗いたこともないが。

それとスマホの電波が届かないのを我慢すれば(スマホ・デトックス?)それほど不便ではない。

朝はひんやり。


で、いざ会場へ。

コロナ明けの一昨年(その前)と昨年(一昨年)の駐車場が違っていたのはまあ良くわかるが、その昨年(一昨年)とも違う奥へ車を止める。

暖かい。これ寒かったら大変かもしれないと思うぐらいの奥地。

 

10キロに出られる顔見知りのランナーさんに「スタートしっかりね」と。ごぞごぞと準備をし、トイレに行って、スタート一時間前に乗車。

今年(昨年)はこのパターンが多い。以前はぎりぎりまで乗るのを控えていたが、今年(昨年)はそこまで細々考えずに乗っている。
アップに向かう。周囲のランナーとのスピード差を感じつつ、約9キロ30分程度。これに近いぐらいの距離と時間のアップの量は去年ぐらいからか。大分のフルはもう少し短めになるのかなと思う。

で、スタート。しっかり漕いだつもりだがいつものように集団に置いて行かれる。

一回目の折り返し過ぎて、思いっきり下り、上りに差し掛かってから、前のランナーを抜きにかかる。ただ、この後の上りで逆に抜き返される。これが去年と違うところ。

あれっていう感じはあったが、後で結果を見ると、そのランナーさんは、自分よりかなり速い方ということで、他の大会でのタイム差さか、今回の吉備でのタイム差とか比べて納得する。というかまだそれほど落ちてはいないと、安心する。

とはいえ、今回、本番用のパナを履いて1時間7分19秒ということで、約30秒遅い。パナは下りが速くて、去年42キロだったところで45キロ出てた。上りでその貯金を生かせなかったのは確か。

 

とはいえ、最後の最後の下りで、一つ前のランナーに追い付き、上り勝負にまで持ち込めたのでまあ良し。

1秒差で8位となり。

入賞の副賞をいただく\(^_^)/。

1秒及ばなかったのは、若い体格のいいNさんというランナーさん。2回ぐらい漕いだだけでかなり推進力があった。儂がその間6回ぐらい漕いでも追い付かないぐらいで。

京都駅伝で区間3位になってから、「上り上等」みたいな意識でやつていたが、実のところもう「上り得意」でもなんでもないかもしれんな。

帰りに、いつもの道の駅へ。

調子があまり上がらなかった昨年の様子が思い出されます。
まあ、今年も頑張ります。

いつもいつもありがとうございます。
はい、今年も頑張ります。

 

開始後、1キロ経たない時点で左のラリーがバースト。

まあ、3か月ぐらいは使えているので、普通に寿命かと。

で、来週吉備ということもあり、この時点で本番用パナに交換。予定では水曜ぐらいだったのだが、前倒し。

交換に時間もかかったので今日はハーフ限定に決めて初めから飛ばすだけ飛ばす。
1周回(4キロ)を、11分50秒、11分20秒、でその後3回を11分15秒で20キロ。そして3分25秒で端数を漕ぐ。

結果、1時間と20秒。

当然、この漕ぎ方ではフルは持たない。それでも去年は、ここまで出せてなかったから結果自体に安堵する。

コース記録は、一昨年に出した59分切り。しかも練習用ストラーダで。なので、まだまだなのだが、まあ、悪いことではないなと。

上半期ラストから。

下半期スタートのこの2日間。

 

これまでと気温が5℃ぐらい違う。
急に下がると暑さとは関係なく身体が動かない。

この落差にはびっくりである。

 

兵庫からOさんが来てくださり、合同練習会。
昨日は坊ちゃん発着コース。

今日はしおさいコース。

いずれも自分はコース自己新になるぐらい飛ばしましたが(本当)、Oさんや師匠YさんそしてNさん、レベルが違いすぎ、両日とも後半は、全く姿が見えない展開に。

ワタシが25キロ出していた下りを皆さんは30キロで漕いでいたようで、これはもう無理。

Iさんも、フォームとかいろいろ改善しようと貪欲で、本当に有り難い練習会でした。

某地元TV局のディレクターさんともお会いし、いやあ4年ですかみたいな話もしました(差し入れ嬉しかったです)。

夜の懇親会もお世話になりました。

ありがとうございました。

今日はイベントの振り替えで休みで。

なのにいつものルーティーンで出勤。

朝練しっかりできるので不満はない。

仕事ははかどるし気分的に落ち着く。

がしかし常態化しつつあるのも事実。

ラン時代の末期と同じような感じに。

手話パフォで漕げなかったけれども。

何とか9月も維持できている感じか。

8年前のこの日にラン時代が終わった。国体の1週間前(ボランティアに行けなくなりましたの連絡をするのが大変だった)。そして、丁度管理職試験の願書を出す2週間前。

この日の出勤後からみるみるうちに足が動かなくなる。夜、救急搬送。

その後ステロイド治療で何度かMRI撮影し。

脊髄海綿状血管腫という診断が出たのは2か月後。まあまあ珍しいらしい。

受傷部位は第4胸椎の辺り。

手術後、リハビリへ。

リハビリはよう頑張ったかもしれん。自主練して人の倍やってたから。

その受傷日から8年。

4号を送ったな。

そして当時はここまで生きれるとは思ってなかった。

とりあえず5年は頑張ろうと。
足が動かんのと、胸から下の感覚がいつも痺れてるのと、右半身が動きが悪いのと、トイレに不自由していて毎日膀胱炎の心配をとしているのと、褥瘡の恐怖に怯えつつ。

が、仕事してる(想定外)。

そして毎晩呑んでる。

今日はとりあえず節目なのでフル漕いだ。坊ちゃん(劇場ではなくスタジアムの方)の辺りまで行きうろうろして距離を稼いだ。

2時間28分。アベは16キロ。

退院してからは、足が動かんのと、胸から下の感覚がいつも痺れてるのと、右半身が動きが悪いのと、トイレに不自由していて毎日膀胱炎の心配をとしているのと、褥瘡の恐怖に怯えつつ過ごし、難儀しているが。

それでも。

レーサーのお陰で、とりあえず10年目標にするか、ぐらいにはなってきたか。

特別なのがないので、いつもので慰労した。

昨日「手話パフォ」終了。

日が重なりDNSにした鳥取湖山池ハーフは落雷の危険のため中止になったとか。

で。

本気で上位狙っていたしいけると思っていたが、全くかからず。

決して「ホカ」に負けている気はしなかったし、実際、自己採点でも「ウチ」が入っていない以外はだいたい予想通りの順位。

そんなことを思いながら、2日振りに自転車道のいつものコースを漕いだ。

儂は「ウチ」が2番(1番と言えないところがリアル過ぎて((´∀`))ケラケラ)と思ったし、そして評価してもらえなかったこと分かってもらえなかったことに関して納得はしていない。

が。

審査自体には一貫性は確かにあるのかもと思った。演劇部門もダンス部門もそれなりに「きこえない人」の視点というか譲れないポイントがあるんだろうなと感じた。

だから。

チームのメンバーには申し訳ないが、サポートする儂らの力不足だったのかと。

なので。

なっとくしてはないけどもやもやもしてない。

ということになった(自分の中で)。

 

そんなことを思いながら、8往復32キロ2時間で漕いだ。

今日はこれが心地よかった。

漕ぐときに漕ぐこと以外のことを考えながら漕ぐことはあまりない。
なので。

あっという間だった。

大会前からいつもに増してあまり寝られてないから、今日ぐらい爆睡できそうである。

チームメンバー、本当に本当によくやりきりました。

チームスタッフの儂も忘れられない夏になりました。

応援していただいた皆様、ありがとうございました。