私は、現在若年性認知症と闘っている方やご家族に、定期的にお会いしています。
しかし私はもともと、テレビの報道やドラマで取り上げられているまま、認知症の方をイメージをしていました。
「認知症になったら、何もわからなくなる」「突然叫びだしたり、食べ物も投げる」「お金を払わずにお店の物を持ってきたり、徘徊したりする」「認知症になったら、家族は困る」
「認知症の人は怖い!」これが、私の認知症の方への印象でした。
そんな私を、変えてくれた男性がいました。

5年前、私は若年性認知症の方の「つどい」で、初めてサポーターとして参加した日のことです。
サロンに来たAさんは、自分で靴を脱ぐことが出来ずに、ベテランのサポーターが総出で対応していました。
本当は、Aさんは私の担当でした。でもそのときの私は「自分で靴を脱げない人…」「今日一日どうなるんだろう」
それまで、認知症の方と接したことのなかった私は、一番遠いところに呆然と立ち尽くしていました。
そんな私を見た先輩は、「担当変わろう!」と言ってくれました。
私は、ただただ一番遠い席に座って固まっていました。

先輩が話しかけているとき、Aさんはジーっと先輩の顔を見ていました。
私は「反応がない、無表情、怒っているの?あんなに顔を近づけて先輩殴られるんじゃない?」まだまだ若くてガッチリした体格のAさんに、私は先輩が殴られて眼鏡を壊されるんじゃないかと、ハラハラしていました。
それから、いろいろとプログラムが進んで行き、しばらくしてみんなでお散歩に行くことになりました。
クツを脱ぐのも、ジャンパーを脱ぐのも、物凄く大変だったAさんを外に連れ出すことなんて、本当に出来るんだろうかと私は思っていました。
そんな私の心配はよそに、サラッと外出の準備ができました。「何もできない」「なにもかも大変」けしてそんなことはないんですよね。
散歩に出ると、先輩がたがAさんと手を繋いでいました。しばらくすると、「ほら♪次は七枝ちゃんが手を繋ぎなよ♪」先輩が、私にAさんと手を繋ぐように促しました。
でも、とっさに私は先輩に掴まれた手を引っ込めました。しかしそのときは諦めた先輩も、しばらくすると、また私に手を繋ぐように言って来ました。
さすがに断れずに手を繋ぐと、離れていたところでは無表情で怖そうに見えたAさんも、手を繋ぐととても柔らかい手で私はホッとしました。そして、松ぼっくりを触ったときには表情が変化して、私の横を人が通り過ぎると、一瞬繋いでいる手に力が入ったり、私たちに名前を呼ばれると自分の名前を小さい声で口にしたり、横で見ていると豊かな感情が伝わってきました。
おかげで私は、朝とは全然違う気持ちになっていました。そして、Aさんのことが好きになっていました。
初めて関わらせていただいて、ずっと忘れられない存在になったAさん。私に認知症の方は怖くないんだと教えてくれたAさん。

あれから5年がたち、Aさんのことはよくサロンのみなさんとも話していました。
それが先日、Aさんの奥さんがサロンにいらっしゃって「主人が亡くなりました」。
呆然としました。あのサロンで私が直接お会いしている方が亡くなったのは、初めての経験です。
奥さんは、いろいろと話してくれました。
「胃ろうはしませんでした、認知症が治るわけじゃないし、おうちに帰れるわけじゃないし。」
「発症してから9年です。日を追うごとに、あーいなくなっちゃったんだなーと思います。」
「認知症は、家を売りたくても大きな不動産会社は対応してくれないんです。」
「やっと見つけた小さな不動産会社には、今後一切口を出しませんというサインを、家族全員させられました。」
「金額は言いなりです、ものすごく安かった。でも維持費を考えるくらいなら、さっさと手放した方がいいと思いました。」
一番つらかった事は
「徘徊です、とにかく家から出たがる。自分の家じゃないと思っていたようです、トイレに行く暇もなく、私が寝るのを待って出ていこうとしました。」
「私をお母さんと呼ばなくなったとき、ああわからないんだなと思いました。あれは、気持ちが崩れますよね。」
若年性認知症は、高齢者の認知症よりも進行が早いと言われていますが、本当にみるみるうちに笑顔が見られなくなり、声が聞けなくなり、歩けなくなり、食べ物を認識できなくなる残酷な病気。
松ぼっくりや、一緒に見たリスを見ると、今でも思い出します。Aさん、ありがとうございました、これからはゆっくりしてくださいね。
「若年性認知症って?」このように思った方は、私の事務所のホームページにも詳細を掲載しています。よろしければご覧ください