今回は、兄シャルルからの妹フランソワーズ宛の手紙です。 前回記事の
セヴィニエ夫人の手紙、(信仰をめぐる軋轢) を受けての内容となっていま
す。 妹がコービネリを「悪魔の神秘主義者」と呼んだのを聞いて、「死ぬ
ほど笑い転げていた」という兄が、その補足をしています。
後半はシャルルの姪、ポーリンの読書のお話になります。 この時、ポー
リンは十五才でした。 当時の貴族の子女に要求された教養が窺える内容です。
以下、注です。
あのような心の平安が篤い信仰心から生まれている
本の注解によると、この手紙の内容から、コービネリが静寂主義者
(Quietist : 静寂主義に従う宗教的神秘主義者) であることが分かる、(そうです)
「変身物語」
古代ローマの詩人オウィディウスによるラテン文学の名作。 神話原典のひと
つ。 『転身物語』や、原題のまま『メタモルポーセース』などとも呼ばれる。
ナルキッソスが呪いにより自己愛に目覚め、やがてスイセンになる話、その
ナルキッソスを愛するエーコーが木霊になる話、蝋で固めた翼で空を飛んだ
イーカロスが墜落死する話、アポローンに愛されるもゼピュロスの嫉妬によ
りアポローンの投げた円盤に当たって死んでしまうヒュアキントスがヒヤシ
ンスの花になる話など、有名なエピソードが収められている。
(Wiki より)
シャルルより妹フランソワーズへ。
1690年 1月 15日 (日)
親愛なる妹よ、貴女の「悪魔の神秘主義者」というご意見、僕は大賛成です。
その表現には感銘を受けました。 自分でも幾度となく考えを巡らせていたの
ですが、どのような言葉を使っても、満足の行く表現を見出すことができず
にいました。 自分の胸の内で長年わだかまっていたものを、かくも少ない言
葉で、かくも的確な表現をしてくれたことに感謝します。 しかし、僕が「神
秘主義者」という言葉で最も感心したのは、コービネリさんの、あのような
心の平安が篤い信仰心から生まれていることを的確に表現しているからです。
それが神意に沿ったものであるが故に、平安が乱されることに良心の咎めを
感じるのです。 そして、死すべきひとりの人間が神に定められた運命に逆ら
うことは、背信であると考えているのです。 このことから、コービネリさん
がミサには行かないと結論付けないでください。 ミサは彼の繊細な良心を傷
つけるのです。
ところで、貴女はついにポーリンに「変身物語」を読むことを許したとか。
ひとつ助言させていただけるなら、ポーリンが悪い本を読むのではないかと
心配するのは止めた方がいいと思います。 良い本の総てがあの子の好みに合
うわけではありませんよね。 面白くて、精神の発達を促すちょっとした本は
いくらでもありますよ。 ローマの歴史の或る部分は、あの子も読んで面白い
と思うのではないでしょうか? 三頭政治の歴史はもうお読みになりました
か? コンスタンティヌス帝やテオドシウス帝は読み終わりましたか? 貴
女が何か夢中になれるものを与えていないのだとしたら、鋭く活発な精神を
持つあの子がかわいそうです。 ポーリンは、あの子の叔父 (自分のこと) に
似て大雑把な所があり、形而上学的な緻密さを扱うのは苦手なのです。 不本
意かもしれませんが、どうぞ僕が彼女を批判したり、見下したりしているの
ではないことをご理解ください。 僕にそんな資格はありませんから。
さようなら、僕の愛する妹よ。