セヴィニエ夫人の手紙 (娘の健康問題再び ) | アルプスの谷 1641

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1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

 
 
 いつものことながら、娘のこととなると正気ではいられないセヴィニエ夫人
 
です。 もう、悪質なクレーマーのようになっています。 ロシュフコーの死が引
 
き金となり、娘の健康についての不安を押さえることができず、その焦燥を
 
娘婿のグリニャン氏にまでぶつけています。 
 
 改めて思うのが、当時の人々の手紙への情熱です。 今の時代、スマホ中毒
 
の弊害が言われて久しいですが、ここでは手紙中毒とでも言いたくなる当時
 
の生活が見えてきます。 今も昔も、人間そのものはあまり変わっていないの
 
かもしれません。 

 

 

(前週続き)
 
 
 そして婿殿、貴男もです。 貴男は冷酷にも私の娘をマルセーユに連れて行
 
くばかりか、さらにその先まで連れ回すおつもりなのでしょうか。 娘をせき
 
立てて平気ですか? 娘に休息が必要なことはお分かりのはず。 それなのに、
 
なぜ旅の苦労を強いるような危険を敢えて冒すのですか。 私に対して少しで
 
も親愛の気持をお持ちなら、説明していただけませんか。 貴男は娘の健康状
 
態に満足しているのですか? もうこれ以上、良くなる必要はないとお考え
 
でしょうか。 もしそうなら、神かけて仰ってください。 以前は、娘の健康に
 
ついて、貴男からも何かとお言葉をいただいておりました。 今は何も仰って
 
いただけないばかりか、貴男は娘を連れ回そうとしているのです。 
 
 
 そして、わが娘よ、私はクアジュター氏とも少しお話しましたが、それは
 
私を不安にさせるものでした。 貴女は手紙を書くのをやめず、しばしば非常
 
に疲れ、変わり果てた姿で自室から出てくると聞きました。 この世で貴女を
 
最も愛し、貴女のためなら命をも投げだすことも厭わない人々のために、取
 
るに足らないことを知らせたり訂正の返信をしたりして、ご自分の命を危険
 
に晒しているのだとしたら、貴女はこの上も無く残酷な方法で私たちを苦し
 
めていることになります。 はっきり言わせていただくと、貴女から一枚以上
 
ある手紙を受け取ると、私は不安でいたたまれなくなるのです。 先にいただ
 
いた手紙は長過ぎます。 ご自分や私のために、貴女は無理をしているのです。 
 
そして少しでも体力が持ち直すと、再び具合を悪くするようなこと全てをや
 
ろうとする。 筆が先走る時には注意してください。 それは短剣です。 もう私
 
に手紙は必要ありません。 それが貴女を傷つけることに耐えられないのです。 
 
クアジュター氏はこう仰っています。 もし誰かが貴女の右腕を切り落とした
 
なら、貴女はもっと健康になるだろうと。 こうした細々とした出来事に対し
 
て、わざわざ答える必要はないのです。 私自身、言ったそばから忘れていく
 
ような話なのですから。 長々と書いてしまったことをお許しください。 クア
 
ジュター氏が私を動転させ、愛する人を失ってしまった悲しみで一杯なので
 
す。 愛するわが娘よ、私を哀れに思ってください。 

 
 
 
 セヴィニエ夫人があれほど反対したのも関わらず、結局、フランソワーズ
 
はマルセーユに行ってしまったようです。 次の手紙の最初の部分は皮肉とも
 
諦めともつかない内容ですね。 

 
 
 
1680年3月22日 (金) パリにて、娘フランソワーズへ
 
 
 貴女は健康に不安を抱えたままマルセーユに行ってしまわれました。 婿殿
 
のお望みの通りです。 グリニャン嬢 (セヴィニエ夫人の孫娘) にトゥーロン
 
などを見せるために、きっと、これから様々な場所を回られることでしょう。 
 
婿殿は素晴らしいご家族と離れたくなかったのですね。 そのことは理解でき
 
ます。 私の手紙が、マルセーユにいる貴女の元に回送されていないと嬉しい
 
のですが。 貴女は手紙をどうするでしょうか。 それを読んだり返事を書いた
 
り忙しくされると思いますが、それはお止めください。 書いた本人の私でさ
 
え覚えていないようなつまらない出来事で、貴女を煩わせることは私の本意
 
ではありません。 貴女が元気でいる時でさえ、返信させてしまうことを申し
 
訳なく思っているのです。 恐ろしいほどの数の手紙が貴女を蝕んでいます。 
 
わが娘よ、私は貴女の健康と命のこと以外、考えることができません。 マル
 
セーユでの貴女のご様子は聞いています。 グリニャン嬢は街の様子を楽しん
 
でいるでしょうね、他の街とは全く趣を異にしますから。 高所に行くにつれ、
 
見渡せる景色に魅了されるのではないでしょうか。