【読書案内 4】 国王はどMだった?「太陽王ルイ14世 ヴェルサイユの発明者」を読む | アルプスの谷 1641

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1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

 

 
 
 今回、ご紹介する本は、「太陽王ルイ14世 ヴェルサイユの発明者」 です。 
 
 ( 鹿島 茂 著 2017年刊)
 
 
 
 
 
 著者には近世フランス史に関する著書が多数あるので、フランス史に興味
 
のある方なら、この名前をどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか? 
 
 この本は平易な文章で、ルイ十四世の人物と時代を丁寧に解説しています。 
 
何ら奇をてらうことも無く、まずは教科書的な内容で、モンテスパン夫人の
 
毒薬事件についても、 「モンテスパン夫人は事件に関係していた」 という証言
 
があったことにさらりと言及するのみで、敢えてその裏側を探る所までは書
 
いていません。 
 
 しかし、マントノン夫人とルイの関係については、注目すべき踏み込んだ
 
記述があります。 
 
 二人がSMの関係にあったというのです。 (勿論、精神的な意味であって、
 
マントノン夫人がルイを鞭でしばき倒していたと言う意味ではありません)
 
 ナントの勅令廃止のような残酷な愚行がなぜ実行されたのか、それは、
 
マゾのルイが、サドのマントノン夫人に褒められたい一心で頼まれてもいな
 
いことまで先回りしてやったから、と著者はいいます。 
 
 個人的にはこの意見はちょっとどうかと思いますが、ルイがどMであった
 
ことだけは確かです。 
 
 ルイは女性たちから詰(なじ)られたり、苛められたりするのが大好きでし
 
た。 モンテスパン夫人がルイを十年に渡って支配することができたのも、
 
夫人が超の付くどSで、ルイのマゾっ気を絶妙に利用したからに他なりません。 
 
「ヨーロッパの覇者となった大王は、女に支配されることを好むどMだった」
 
のです。 勿論、国王を手玉にとるほどの美貌と才能があって初めて可能となる
 
芸当ではありますが。 
 
 そのモンテスパン夫人との闘いを制したマントノン夫人もまたSだったの
 
かもしれませんが、それを国王との関係に持ち込んだとは考えにくく、
 
宗教的迫害を行った動機には、もっと別の理由があったのではないでしょうか。 
 
 
 
 なお、Amazon の Kindle では、 カドカワ・ミニッツブック という形で
 
「ヴェルサイユ」の25篇が販売されていますが、これは「太陽王ルイ14世 
 
ヴェルサイユの発明者」を章毎に分けて販売しているものです。 こうした、
 
読者の間違いを誘うような売り方はやめた方がいいのではないかと・・・。 
 
さもないと引っ掛かって、同じ内容のものを買ってしまう人が出てくると思
 
います。 
 
――私のように。