第三部のための草稿記事に入る前に、軽く近世フランス史を振り返ってみ
ましょう。
久々のオペラネタとなりますが、今回、ご紹介するのは
ジャコモ・マイアベーア作曲、「ユグノー教徒 (Les Huguenots)」です。
「ユグノー教徒」は 1836年 2月 29日、パリで初演、大好評を博しました。
物語は、いわば宗教によって隔てられたロミオとジュリエット。 その悲劇
は「サン・バルテルミの虐殺 (1572年8月24日)」で頂点に達します。
ユグノーとは、フランスのプロテスタント(主にカルヴァン派) を指します。
語源はジュネーブでサヴォイア公に反対した「連合派 (Eidgenossen)」に由来
するといわれてはいますが、確かなことは分かっていません。
16世紀、フランスもまた宗教改革に荒波に翻弄されました。
カトリックによるプロテスタントの虐殺 (1562 ヴァシーの虐殺 ) から始
まる宗教戦争は、その後、1598年まで 36年続き、その影響による犠牲者は
300万人に及びました。
特に サン・バルテルミの虐殺 (1572) は戦争の行方を決定付けた大事件で、
ナバラ王アンリと、マルグリット・ド・ヴァロアの婚礼でパリに集結してい
たユグノーをカトリック教徒が襲い、ユグノーの重要人物が多数殺されました。
紛争はフランス全土に広がり、その犠牲者数は 5000 から 30000人と諸説ある
ようです。
因みに、後にブルボン家の初代フランス王アンリ四世となるナバラ王アンリ
は当時はプロテスタント、王妃マルゴとして知られるマルグリット・ド・ヴァロア
は国王シャルル九世の妹でカトリック。 カトリックとプロテスタントの和解
を図った、母后カトリーヌ・ド・メディシスによる政略結婚でした。
というようなことを知っておかないと、このオペラ、全く理解できません。
かくいう私も初めて見た時は、「わけわかんない」と思いました。
というのも、「ユグノー教徒」は、もともとフランス語のオペラなのですが、
こちらはドイツ語版、しかも全曲で 180分以上あるはずが、一部カットされ
ているらしく、150分ほどしかありません。 舞台も現代のドイツに置き換えら
れていて、宗教的分断はベルリンの壁で表現されます。
興味深いのは、カトリックを若干ナチスになぞらえている部分を感じるこ
とです。 作者のマイアベーアはユダヤ教徒だそうですが、作品そのものは明
らかにプロテスタントに肩入れしています。 なお、マイアベーアはフランス
で有名になりのましたが、生まれはベルリンで、パリとベルリンを行ったり
来たりする生活だったそうです。 従って「ユグノー教徒」のドイツ語版が作
られたのも、全く故無きことではないようです。
カトリック教徒たちの酒盛りの場面、ホステスの衣装に注目。明らかに第三帝国
ユグノー戦争は、アンリ四世がフランスにおけるプロテスタントの信仰の
自由を認めた 「ナントの勅令 (1598)」により終結を迎えました。
しかし、1685年、ルイ十四世が勅令を廃止。 その激しいプロテスタント弾圧
によって全ヨーロッパを震撼させることになります。
少し前置きが長くなってしまいました。 内容の紹介はまた次回に。
